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サトルカゲユウ 2章

 偽勇者ココロ・ニルーファは人生最大の危機に瀕していた。
 生命の存続を脅かす脅威。
 空腹である。
「あううー。お腹空いたッス……」
 空回り続ける胃袋の音を聞きながら、果てしなく長い道のりをひた歩く。
 断食開始から三日あまり。水だけは欠かさないようにしてきたが、それだけで動くのはもはや限界だった。
 辺りには雑草が生い茂っている。ココロはその中から食べられそうな野草を選び口に含んだ。
「うえっ」
 青臭さが口いっぱいに広がり、ココロは思わず野草を吐き捨てた。毒はなさそうだったが、とても食べる気にはなれなかった。
「セミは生でも食べれるって偉い人が言ってたッス」
 しかしセミは見つからなかった。ちょうど王国領は冷え込みの厳しい季節。熱帯地方に多く棲息するセミが、この時期この地方で姿を見せることはまずない。
「お?」
 食べられるものを探し始めて数分。ココロは人の気配を感じて振り向いた。視線の先――――まだ遠く離れているが、通りを少し外れたところにテントらしきものが確認できた。
 思考の働かないココロは、迷わずテントへと近づいていった。テントの傍に革鎧を着込んだ男たちを発見し、さらに歩行を速めていく。
 そこは王国軍の野営地だった。
 なぜこんな場所に陣営があるのか。普段のココロなら疑問に思うところだったが、極度の空腹状態にある今はなにも考えられなかった。食べ物を求め、ふらつきながらテントに近づいていく。
 ココロが陣営のすぐ傍まで行くと、革鎧を着込んだ男――王国兵らの様子がにわかにあわただしくなった。ココロと最初に目のあった男が、陣営の奥へ向かって駆け出し――。
「襲撃! ゾンビの襲撃です! 大型のゾンビがこんなところにまで!」
 ――仲間の兵士たちに大声で呼びかけた。テントの中や周りから数十名の兵士たちが飛び出し、ココロを取り囲む。
「ゾンビてあーた。乙女に向かってなんつーコト言うんスか」
 ココロはショックを受けた。大女やデカブツなどと呼ばれることには慣れていたが、死体にたとえられたのは生まれて初めてだった。
「おい。よく見ろ。人間だぞ。女の子だ」
 兵士の一人が言って、言われた男はココロの顔をまじまじと見た。
「あれ。この子、連絡のあった勇者さまってやつじゃないか?」
 ココロの服装を凝視し、別の兵士がつぶやく。数人の兵士が「勇者だ」「勇者って?」などと短い会話を連ね、やがてほぼ全員がココロへと向き直った。
「えーと。あーしはココロ・ニルーファ。王さんの勅命で勇者っぽいことやっているッス。十八歳独身。彼氏募集中ッス」
 彼氏を募集していると言いながら愛嬌は皆無。いつもと変わらない無表情でココロは言い切った。
「おい。彼氏募集してるって」
「ダメダメ。滅多なことして陛下に睨まれたくないよ」
 隊に女性が在籍していないためか、兵士たちが嬉しそうに相談を始める。しかし結局誰も恋人候補に名のりを上げることはなく、ココロは肩を落とした。
「それはそれとして、誰か食べ物恵んでくれないッスかね。お腹がすいて死にそうッス。勇者がこんなにひもじいモンだとは思ってなかったッス」
 勅命はあれどサポートは無し。投げっぱなしで魔王討伐に向かわされたココロは、今になって自分の浅はかさを後悔していた。せめて魔王城までのくらいは用意してもらうべきだった。
「干し肉とか乾パンならあるけど……町に行った方がまともな食べ物にありつけると思うね」
 兵士の一人が言って、ココロは顔を上げた。
「町があるんスか?」
「近いよ。ちょっと歩けば見えてくるはずだ」
 ココロは町までの道を教えてもらい、その内容をメモ帳に書き記した。
 野営地は三十人規模の小隊で運営されており、女性の姿はない。兵士たちは比較的元気そうだったが、隊全体が言いようのない緊張感に包まれていた。皆が何かを警戒しているようだった。
「勇者様が来てくれた。これで魔族どももお終いだな」
「本当、長かったよ。やっと家族のところに帰れる」
 駐屯兵らの会話を傍で聞き、ココロは奇妙な感覚に襲われた。
 自分は、勇者ではない。本来ここに立っているべきなのはフィーナである。
 期待を一身に浴びることは、ココロにとって気分のいいものではなかった。勇者の扱いを受ける度、なぜ自分が生き延びてしまったのだろうかと自責の念に囚われてしまうから。
「勇者って、ずいぶんとまた期待されてるんスね」
「正直なところ、誰でも魔族との戦いは怖いんだよ。あいつら妙な力を使うし、一部の将兵や魔王なんかはさらに群を抜いて危険だそうじゃないか」
 ココロは顔を下に向けた。
 フィーナに代わり勇者としての務めを果たすなら、いつか魔王と対峙しなければならない。尖兵ごときに手こずった自分が相手になるのだろうか――と、ココロは少し不安になった。
「はい干し肉」
 うつむいたココロの鼻先に、平べったくて赤い何かが差し出された。スパイシーな香辛料の匂いが漂ってくる。
「助かりますッス」
 受け取った干し肉を指先でつまんで折り曲げる。もてあそぶような動作で固さを確かめ、ココロは干し肉を口に入れた。
「んー。んー……。んんー……」
 干し肉をかじるココロの表情が、みるみる曇っていった。噛んでも噛んでも噛み切れず、味もそれほどおいしくない。
「調理用だからね。食べれないってほどじゃないけど」
「とんでもない。本当、ありがとうございますッス。九死に一生を得たッス」
 真顔で言って干し肉を半分に噛み千切る。相も変わらず言葉と表情が合っていない。愛想笑いのできない女だった。
「ちょっと気になったんスけど、なんでこんな場所に軍の人らが陣取ってるんスか? ここって、攻められるような場所じゃないッスよね」
 干し肉を頬張りながらココロが尋ねる。
ゲリラだよ。最初、山の向こうから化け物が出てくるって、通報があってさ。部隊を向かわせたらこれがなんと魔族。すぐに兵を集めて包囲したんだけど……」
「負けたんスか?」
 歯に衣着せないココロの質問に、兵士は苦々しい表情でうなずいた。
「負けたっていうか、逃げたのかな。通報してきた人の言葉どおり、ゲリラたちは本当に本物の化け物だったんだ」
「まああの連中、見た目は青くて不気味ッスけど」
「あいつらまともじゃない。まるでゾンビみたいだった。わき腹をえぐろうが心臓を貫こうが向かってくる。それはもうおぞましい光景だったよ。おかげでみんな大パニックさ。落ち着いて対処すればあんなことには……」
 震える声で兵士が語った。
 ――ゾンビ。
 ココロが最初この場所へやって来たときも、誰かが同じ単語を口にしていた。
 ココロは眉をひそめた。兵士と目を合わせ、そっと心の中を盗み見るが、嘘は言っていないようだった。
 彼は目撃している。実際に出会っている。心臓を貫かれながら向かってくる敵を――。
「そうだ。もし差し支えなかったら、勇者様もゲリラ掃討を手伝ってくれないかな」
 真剣な面持ちで兵士が切り出した。
「僕たちだけじゃ町を守りきれないかもわからないし、今はどこも大変だから援軍を呼ぶことだってできない。勇者様が居てくれたら心強いんだけど……」
「お断りするッス」
 きっぱりと言って、ココロは干し肉の欠片を飲み下した。
「あーしの目的は魔王と魔軍指揮官の首だけッス。いつ来るかもわからないゾンビの相手なんかしてられないッス」
「でも勇者って、要は正義の味方みたいなものなんだろう? 市民の平和を守るために、頼むよ」
「正義?」
 ココロの目が冷たい輝きを帯びた。無表情の仮面は相変わらず。しかし声音には少なからず怒りの情が含まれている。
 細まった瞳で見据えられ、兵士は思わず身をすくませた。
 怯えさせてしまったことに気づいて、ココロは少し後悔した。静かに頭を振って、胸の内に湧いた激情を追い払う。
「……あーしは誰も守らないッス。魔王と魔族の指揮官さえやれりゃそれでいいと思ってるし、正義感ぶるつもりはないッスから」
「そ、そうかい……」
 落胆する兵士をよそに、ココロは干し肉の残りを口へと放り込んだ。噛めば噛むほど旨味が染み出す……が、やはり美味と評すほどのものではなかった。
「しかし、ゾンビねぇ……。魔族てーのは、妖術使いみたいな奴ばっかりなんスかねー」
 王城で交戦した魔族――バアジュは透明化の異能をその身に宿していた。魔族は人ならざるもの。人の常識を覆す魔法や異能を使いこなす。
 フィーナの命を奪ったあの男もきっと――。そう考えて、ココロは固く拳を握り締めた。
 旅はまだ始まったばかり。ひりつくような復讐心は少しも衰えていない。
 魔王を討ち、魔族をこの世から殲滅する。それはフィーナの仇討ちであり、彼女が果たすはずだった勇者としての務めでもある。
 気持ちを奮い立たせ、ココロは遠い空を見つめた。腰の剣に結わえられた飾り鈴――フィーナの形見がどこか寂しげに揺れていた。



「えっ? お金がないっ?」
 魔族殲滅に向け、気持ちを奮い立たせたのも束の間。
 にたどり着いて早々、ココロは社会の厳しさと直面していた。所持金ゼロのままパン屋に駆け込み、なにか食べさせてほしいと頼み込んだのだ。
「他のお客さんの手前、売り物を渡すってのはねぇ……」
 言いながら、恰幅のいいパン屋の主人は小さなパンを差し出してきた。
「こいつは余ったパン生地を丸めて焼いただけのやつだ。いつもおやつ代わりに食べるんだが、今日の分はあげるよ。焼きたてだから味は保証する」
「あ、ありがとうございますッス。なんか申し訳ないッス」
 ココロはパンを受け取り、ゆっくりと噛み締めて食べた。小麦とバターの香るパンは、小さくても極上品だった。
「んー。お金……お金ッスか」
 パンを食べ終え、腕組みしながら考えをめぐらす。
 ココロにとっては遠い響きの言葉だった。お金など、マズルガフへ移住したその日からずっと見ていない。実に十年以上も触れてこなかったシロモノである。
「ひょっとして、お金ないのかい? それならしばらくウチで働いていったらどうだい?」
「気持ちは嬉しいッスけど、急ぎの旅ッスから」
 先々のことを考えていないココロにとって、金銭や人間関係は不要のもの。未練を残さないためにも、なるべくなら誰とも関わらずに本懐を遂げたかった。
「若いからって無理しちゃ駄目だよ。困ったらいつでもウチに来なよ」
「ありがとうございますッス」
 魔王の元まで行くだけなら、森でキノコや木の実を採ったり、野生の動物を狩ることで食いつないでいけばいい。――と、ココロは思った。それさえできずに飢え死にしかけていたことは、とりあえず忘れて。

 それからしばらくの間、ココロは当てもなく歩いた。……歩いた。
 すぐにでも町を出発したかったが、また飢え死にしそうになったらと思うと、なかなか踏み切れない。
「はあ……」
 歩き始めて数十分。ココロは途方に暮れて座り込んだ。大通りの隅で、ひざを抱えてうずくまる
 働いてお金を稼ごうにも、社交性は皆無。大失態をやらかす未来がありありと想像できる。
 第一、余計なことをしていたら本来の目的を見失いかねない。魔族から旭光の杖を奪うためにも、できるだけ魔城へ急ぐ必要がある。
「――――ろ――ぉぉっ!」
 遠くから奇妙な雄叫びが響き、ココロは顔を上げた。
 通りの向こうから、男が何かを叫びながら走ってくる。「逃げろ」「魔族だ」という言葉がかろうじて聞こえ、通りを歩く人々は立ち止まった。
 叫ぶ男は「逃げろ」と訴えながら大通りを駆け、徐々にココロの方へと近づいてくる。
「みんな逃げろ! 魔族だ! ついにきやがった!」
 男は必死になって避難を呼びかけ、自身も大慌てで走り去っていった。
 にわかに辺りが騒然となり、周りに居た人々が駆け出していった。もみ合い、押し合いながら各々違う方向へ。
 賑やかだった街道は、わずかな時間で無人のゴーストロードと化した。
「……ま、そうなるッスよね」
 大通りに一人ぽつんと取り残され、ココロはのんびりと周囲を見回した。
 通りの向こうから、また別の男が走ってくる。逃げ遅れたと思っているのか、しきりに背後を確認しながらココロの方へと向かってくる。
「やべぇ……! やべぇよ! 俺一人しかいなくなっちまった!」
 男は言いながら全速力でココロとすれ違い――――すぐにバック走でココロの前へと戻ってきた。
「おいおいおいおい! なにやってんだ! 早く逃げないとやられちまうぞ!」
 かなり焦った様子で、男がココロに避難を促す。しかし、当のココロは全く急ぐ素振りを見せない。ぬるーりと立ち上がり、ズボンに付いた砂粒を手で払い落とす。
「魔族はどっちスか?」
「あっち!」
「わかったッス」
 男が人差し指で示した方向に、ココロは迷わず向かっていった。
「おいっ! なんてこった! もう知らねえぞ!」
 男は何度もココロの方へと振り返りながら走り去った。逃げていく男を気にかけず、ココロは普段と変わらない足取りで危険地帯へと歩いていく。
 ココロは落ち着いていた。なし崩し的に始まったこれまでの戦いと違い、今回は選択の自由がある。
 逃げるも良し。奇襲をかけるも良し。待ち伏せて不意打ちするも良し。
 攻められている状況下だが、主導権はむしろココロの側にあった。マズルガフでは手練れ二人に囲まれたため怪我を負ったが、冷静に立ち回ればそのようなシチュエーションは避けることができる。人質も護衛対象もいない。不利になったら逃げればいい。
「ん……」
 ――通りの半ばに、黒い塊が打ち捨てられている。それが視界に入った瞬間、ココロは駆け出していた。まっすぐ黒い塊へと近づき、ひざまずいて抱き起こす。
 それは革鎧姿の男だった。ココロに干し肉をくれたあの兵士である。
「しっかりするッスよ」
 ココロの声に、兵士は反応を見せた。苦しそうに表情をゆがめ、まぶたを薄く開ける。
 兵士は怪我を負っていた。服は土や泥で汚れ、鎧で守られていない箇所がいくつか破れていた。
「痛むッスか」
「うあっ!」
 ココロの質問に、兵士はうめき声で応えた。出血はほとんど見られないが、苦しみ方が尋常ではない。どこかの骨か関節を痛めているようだった。
「ここにいるのは危ないッス。ちょっと移動させるッスよ。痛いかもしれないけど、我慢してくださいッス」
 ココロが兵士の体を抱き上げようとする。その腕を、兵士が力なく押しのけた。
 兵士はココロの顔を見つめ、首を横へと振った。
「ぼ、僕のことはいい……! それよりも町を……町を救ってくれ! お、お願いだ……!」
 涙ながらに訴える兵士の目を見て、ココロは思い知った。『勇者』という称号にかけられた重すぎる期待を。
「町を守りたいなら、あーたは生き延びなきゃ駄目ッス」
 ココロは兵士を肩に担ぎ上げた。
「魔族どもの始末は、あーしに任せるッス。とりあえず、あーたを安全そうなとこに連れて行くッスから。そこでじっとしてるんスよ」
「わ、わかった……。勇者様、どうかご無事で……」
 兵士はそこまで言うと、ぐったりして動かなくなった。張り詰めていた緊張の糸が途切れたためか、気を失っていた。
 失神した兵士を担いで歩くこと数分。ココロはパン屋の前へとたどり着いた。最初に訪れ小さいパンをごちそうになった、あのパン屋だった。
「もしもーし」
 締め切られたドアをノックし、ココロが店の中へと呼びかけた。
「だ、誰だいっ」
 店の中から怯えきった店主の声が聞こえてくる。
「さっき来た素寒貧ッス。開けてくださいッス」
「あ、ああ。さっきの子か……!」
 ガタンガタンと何かを倒す音がして、扉がそっと開けられる。ココロはドアノブを引き、背を丸めて家の中へと踏み込んだ。
「ごめんなさい。この人をかくまってほしいッス」
 傷ついた兵士を家の中へと引っ張り込みながら、ココロは店主に頼み込んだ。店主は大きく二度うなずき、家の中から救急箱を持ってきた。
「外はどうなってるんだ? もう魔族に占拠されちまったのかい?」
 傷ついた兵士の手当てをしつつ店主が尋ねる。
「ここら辺にゃまだ魔族は来てなかったッス。今すぐ逃げれば町の外へ出られるかも――」
 言いかけてココロは気づいた。
「いんや。やっぱりしばらく隠れてた方が良さそうッス」
 ――気づいた。店の周囲を跋扈する異様な気配の存在に。魔族の軍勢がすぐ近くまでやって来たのだ。
 統率が執れていないのか、気配はバラバラに移動を行っているようだった。逃げ回るのは難しいが、各個撃破するには都合が良い。
「ドア、しっかり閉めててくださいッス」
 意を決し、ゆらりと玄関に向かっていくココロ。
「お、おい……! どこ行こうってんだい。魔族が来てんだろ?」
 店主があわててココロを呼び止める。しかし、玄関に近づく勇気はない様子だった。
「ちょっとそいつら蹴散らしてくるッス。安心して待っててくださいッス」
「アンタも王国兵なのか?」
「いんや。あーしは単なる……伝説の勇者っぽい人ッス」
 いいかげんに答えて、ココロは家の外へと歩み出た。そのまま通りへと向かい、剣を抜き、身構え、大きく息を吸った。
「来な……! 魔族ども……!」
 染み出る。漏れ出す。禍々しい殺気。
 ココロの剣気に当てられてか、周囲を徘徊していた『何者か』が続々と集まってくる。
 数十秒後。ココロは八方を青い顔の男たちに囲まれていた。
 ざっと見て二十人はいる。――まだ集まってくる。
 死んだ魚のような目をした、幾十人の魔人たち。たどたどしい動きでココロに接近し、焦点の合わない瞳で見据えてくる。
「全員まとめて相手してやるッス……!」
 先に仕かけたのはココロの方だった。
 剣を持つ右手を振り上げ――――柄を握り締めるその拳で、血気に任せ殴りかかる。魔人の心臓めがけて、少しの加減もなく。
 胸骨を粉砕する手応えが返ってきて、魔人の体が吹き飛んでいった。魔人は背中から地面に落ち、大きく一度バウンドして転がった。
「…………」
 ココロに殴られ倒れた魔人が、よろめきながら立ち上がる。
「なんで動ける……?」
 息の根を止めるつもりで殴打した。間違いなく心臓の上に命中した。悪ければ――――良ければ即死。わずかに急所を外れていたとしても、悶絶は免れない。
 だが、立ち上がった。特に体をかばう素振りも見せずに。あり得難いタフネスだった。
「ちぃっ」
 舌打ちした直後。死角にいた魔族の男が、ココロに飛びかかってきた。
 気配に反応し、すかさず回し蹴りを繰り出すココロ。靴のかかとが相手のわき腹にめり込み、あばら骨の折れる感触を伝えてきた。
「折れたろ! 今のは!」
 しかし、魔族の男はひるんでいなかった。痛がるどころか無言でその場に屹立し、生気のない瞳でココロを見つめている。
「おっと」
 驚愕する間もなく、また別の魔族が襲いかかってくる。ココロは反射的にカウンターパンチを叩き込んだ。
 硬い鼻骨を打ち砕く確かな手応え。だが、やはりその魔族も全くこたえていない。ほんのわずかにバランスを崩しただけだった。
「こいつらが、ゾンビ……」
 ココロはじりじりと後ずさりした。幾人かの敵と目が合ったが、心を読むことすらできない。生気をなくした瞳からは、なにも読み取ることができない。
「上等だ。こっちも簡単にゃくたばらないッス」
 長期戦の覚悟を決め、腰を落として身構える。
 そのときだった。ココロの視界に妙なものが映り込んだ。
 ――遠方から黒い影が迫り来る。
 まるで飛来するかのように。建物の屋根を次々と跳び越え、高速で左右にブレながら魔物の軍勢を駆逐していく。
 速いが、それだけではない。正確に敵の急所を破壊する精密さと、巧みにフェイントを織り交ぜる技術。純粋に強い腕力までも併せ持っている。
 紛れもない人間でありながら、動きは人の領域を逸脱している。ココロは半ば見とれるように、人影の動きを目で追いかけた。
「あーたは……」
 ――ココロの背後に『影』が着地した。
 人影は激しい戦闘を繰り広げながらも、黒い礼服を乱さずきっちり着こなしている。その人物に、ココロは見覚えがあった。
 城下町でロゼと共に現れた黒服の男。フュラーであった。
 心強い味方の登場に、ココロの闘志が湧き上がった。そのやる気が表情に出ることはなかったが。
「ロゼちゃんは大丈夫ッスか?」
 ココロの問いかけに、背中を守るその男はなにも答えない。無言のまま正面の敵に掌打を見舞い、数メートルも吹き飛ばした。
「後で聞かせてもらうッスよ」
 ココロの剣が屍兵の胸部を刺し貫いた。そこからさらにひねる動作を加え、剣を引き抜いて蹴り飛ばす。
 相手が人間ならば――。たとえ魔族であっても死に至らしめられるはずの追い打ちが入った。
 しかし。死なない。
 屍兵はガクガクと全身をけいれんさせながら立ち上がり、鈍い動きでココロに迫ってくる。速度は格段に落ちたが、その緩慢な動きはかえって不気味さを漂わせていた。
「おい……。なんだコイツ、どうやって動いてるッスか……?」
 それは魂をなくした死者の軍勢。生ける屍が押し迫り、斬れど潰せども立ち上がってくる。
「こういう化け物は火に弱いって相場が決まっているッスけど……」
 ちらと振り返り、背後に視線を走らせる。無口な援軍フュラーは、素手の格闘術のみで屍を叩き伏せていた。体のあちこちを滅多打ちにし、問答無用で行動不能に追い込んでいく。
 骨と筋肉で動いている以上は、そのどちらかを破壊すれば動けなくなる道理。得られたヒントに感心し、ココロは「おー」と歎声を上げた。
「じゃ、あーしも……」
 ココロの剣が屍兵のひざを破壊し転倒させた。屍兵はそれでもココロに向かってこようともがいている。しかし起き上がってくる様子はなく、ほぼ無力化に成功していた。
「えーっと。ロゼちゃんの付き人さん。そっちの敵半分お願いするッス」
 ココロが提案するとフュラーは振り返った。ココロの眼をじぃっと見つめ、無言の圧力をかけてくる。
 端正な顔立ちだが塗り固めたような無表情。愛想の悪さは、表情の変化に乏しいココロよりも上を行っていた。
「フュラー」
 それだけ言って、フュラーは再び正面に向き直った。
 初めて聞くフュラーの淡白な声に、ココロは少しだけうろたえた。
「あっ……。名前ッスね。そう、フュラーさん――」
 顔だけを後ろに向けながら、ココロは正面の敵にローキックをねじ込んだ。一撃で両ひざを砕かれた屍兵が、倒れ伏して動かなくなる。
「――覚えたッス」
 フュラーと背中合わせで支え合い、取り囲んできた屍兵の群れを一気に弾き飛ばす。重い手応えが返ってきて、ココロは背中側に重心を預けた。
 並んでみると、ココロとフュラーの違いがよくわかる。背丈はココロの方が高い。体重もココロがずっと上だろう。
 だが、揺るがない。背中にぴったり密着する感触は、ココロがどれだけ押されても全く動かない。鉄の柱に体重を預けているかのよう。頼れる体幹の強靭さだった。
「しっかし死者に鞭打つってことは、魔族の連中もいよいよ労働力不足なのかもしれないッスねー」
 背中を合わせたまま、くるりと位置を入れ替える。フュラーは肩越しに背後のココロを見つめ、ゆるゆると首を振った。
「わかってるッス」
 短く受け応えて、ココロは迫り来る屍を一体蹴り飛ばした。憶測で敵の戦力を低く見積もることは危険である、と。フュラーのジェスチャーをそう解釈して。
「敵の大将さんもお出ましみたいスよ。死体の軍勢程度で終わってくれるほど、甘くはないってことッスね」
 ――厚い全身鎧で守りを固めた巨躯が、ココロの前方に立っていた。子供の体重ほどもありそうな太い槍を携えて。
 他の屍兵と同じく生気は感じられない。が、その構えには隙がなく、戦巧者のココロでさえもうかつに踏み込めない。
「下がらず勝つのはキツそうッスけど……」
 後ろにはフュラーがいる。今もゾンビの群れと戦っている。
 背中を任された以上は守りきらなければ話にならない。ココロは剣を両手で握り締め、すり足でじりじりと前進した。
 相対する鎧騎士が、携えた槍を風車のように回転させる。初めはゆっくり。徐々に激しく。
 目にも止まらない猛スピードで回り出す。凄まじい風切り音と離れていても伝わってくる風圧を受け、ココロは目を細めた。
 ――そのとき。不意にフュラーが反転し、ココロの脇をすり抜け鎧騎士に向かっていった。真っ直ぐに駆け、そのままの勢いで槍の間合いに飛び込んでいく。
 高速回転する槍の隙間を縫って、フュラーの飛び蹴りが鎧騎士にねじ込まれた。だが、厚い鎧で守られた不死身の騎士にダメージはない。すかさず槍を下から振り上げ、接近したフュラーを強引に引き剥がす。
「一人で大丈夫ッスかー?」
 問いかけるココロに対し、フュラーは目配せで後ろを見るよう示した。
 決して気を抜いていたわけではない。気配の読めるココロは、間近に鎧騎士以上の敵がいないことをしっかりと把握していた。
 だからこそ、気づけなかった。魔族側の総大将が、あの鎧騎士ではないということに。
 振り返ったココロの目に、見覚えのある顔が飛び込んできた。その男こそ、以前マズルガフを襲撃した魔軍の指揮官。ココロの親友、勇者フィーナを殺害した仇敵だった。
「マドゥ……!」
 ココロの中でなにかがプツリと音を立てた。噴き出し暴れる憎悪の感情が、瞬く間に胸の内を焼き尽くしていく。
 一も二もなくココロは駆け出していた。全速力でマドゥに肉薄し、脳天めがけて鈴鳴りの剣を振り下ろす。
「――貴様は……!」
 鈴鳴りの剣が届く寸前。マドゥの側もココロの存在に気づいた。俊敏な足さばきでココロの一撃を回避し、同時に剣を抜いて身構える。
「つくづくあーたにゃ縁がある。フィーナちゃんの仇、とらせてもらうッスよ」
「勇者の付き人風情が! また邪魔をしに来たか!」
 マドゥが踏み込みからの高速突きを繰り出す。
 矢のような軌道で真っ直ぐ眉間に飛び込んでくる剣先を、ココロは短い横跳びでかわした。髪一本を切らせるだけの完璧な見切り。師から学んだ戦いの基本である。
 以前はココロが不覚を取ったが、今回は違う。怪我はなく、気にかける相手もいない。
 むしろ気が気でないはずなのはマドゥの側。フュラーの凄まじい戦いぶりは、嫌でも視界に入ってくるだろう。ココロとフュラーを同時に相手取らなければならなくなった場合、マドゥは勝ち目を失う。
「あーただけは、絶対に許さないッス……!」
 ココロが剣技を繰り出し、マドゥはそれに攻撃で応戦した。退いては押し、押されては押し返す。一進一退の攻防が展開される。
 速度はマドゥの方がやや上。だが体格と技量ではココロが勝り、加えて心読みの力もある。徐々にではあったが、形勢はココロ優位に傾いていった。
「なんでフィーナちゃんを殺したッスか……! あの子は……魔族ともわかり合えるって、そう信じていた子なんスよ……! それを……それを、よくも……!」
 ココロが剣閃を繰り出すも、怒りと悲しみで鈍った剣は芯にまで届かない。大きくのけ反って攻撃を避けたマドゥは、体勢を立て直すためココロから離れた。
「馬鹿か貴様は! たった一人とわかり合えたところで何になる! そいつが人間全てを説得してくれるとでもいうのか!」
「阿呆はてめース。そうやって誰もかも否定して、どうして自分らだけが認められると勘違いできるッスか!」
 二人が同時に前進し、至近距離での剣戟が始まる。甲高い金属音が、戦場と化した街に何度も――何度も響き渡った。
 ココロの剣は強く、速く、そして読みづらい。修練だけでは成し得ない。並々ならぬ研鑽賜物。繰り出される剣技の機能美は、敵であるマドゥさえも酔いしれさせた。
 あるいはそれ以前から、彼は惹かれていたのかもしれない。友を守るため戦い抜いた、気高く美しい少女の姿に――。
「たとえフィーナちゃんが許しても、あーしはテメーら魔族を絶対に認めない……! 骨の髄まで恐怖を叩き込んで、フィーナちゃんの痛みを百倍にして返してやるッス……!」
 ココロが叫ぶ。過去これほど感情を剥き出しにしたことは、ココロ本人でさえ記憶がない。親友の死が、彼女を変えてしまった。
「いずれにせよ、あの娘は打倒しなければならなかったのだ! 勇者を討たねば、我々魔族は王を失う! 奴は予言の子だからな!」
「予言――!」
 ココロは一旦攻撃の手を止めた。それを見て、相対するマドゥもなぜか律儀に足を止める。
「……なんで魔族がマズルガフのことを知っていたッスか」
 秘境マズルガフ。そこで暮らす『予言の子』の存在は秘匿中の秘匿。知る者は国中探してもほとんどおらず、外部へ情報が漏れ出すことなど考えられなかった。
 だが魔族はやってきた。勇者フィーナを一瞥で見抜き、その命を狙った。そこにはなにか秘密がある。
「愚問だな。なぜあの辺境の集落で勇者が育てられたか、貴様は考えなかったのか」
「さーあ。考えたこともなかったッスね。予言の導きってやつじゃないんスか」
「それが愚かだというのだ。予言書が誰から人間の王へ贈られたと思う? ……魔族だ。貴様らの王は、魔族が記した予言書に従う傀儡なのだ」
「……そいつぁ、まじッスか」
「……まじだ」
 生真面目な顔でマドゥが答えた。嘘はついていない。心読みの力を持つココロにはわかる。
「どうしてあーしにそのことを明かしたッス?」
「デメリットがない」
 マドゥは迷わず答えたが、視線は自信なさげに宙をさまよっていた。なぜ正直に全てを語ってしまうのか、自分でもわかっていないようだった。
「未来は変わった。予言の子は死に、付き人の貴様だけが生き残った。だが、女王は貴様のことも警戒しているようだ。ここに攻め入るよう命じられた際、こう言われた。偽りの勇を魔城へ近づかせるな……と」
 マドゥは一度大きく剣を素振りし、それからココロの方へと足を進めた。
 素振りは合図。マドゥは踏み込む前に「さあ行くぞ」という意思表示を送ってきた。
 不意を突いて攻める気などさらさらない。不遜でもあり、彼生来の生真面目さをも表していた。
「馬鹿にしてんスか? 不意打ちじゃなきゃ、あーしはやれないッスよ」
「真っ向勝負だ。そして俺が勝つ」
「あーたじゃ無理さ。こっちが殺す気なら、とっくに勝負はついてる」
「なに――?」
 肩を揺らしてココロは前進した。無造作に、隙だらけに、マドゥの元へと近づいていく。
 マドゥとの交戦は二度目。そのときは手痛い敗北を喫した。しかしマズルガフで対峙したときと今では状況が違う。
 怪我はなく、呼吸は落ち着いており、人質もいない。敵戦力は把握済み。相手がなにか異能を使おうとしても、心読みで先手を打てる。
「手加減していたとでも言うつもりか。舐めた真似を……!」
 マドゥの声に激しい怒りが入り混じった。初めて見せる憤怒の表情で、ココロをきつくにらみつける。
 ココロにはわかっていた。剣士としてのプライドを傷つけられれば、彼は激昂するだろうと。
「偽者め! 後悔させてくれる!」
 怒りで鈍った剣ならば、ココロは容易に対応することができる。マドゥの初撃を半歩下がってかわし、すかさず間合いに飛び込んで反撃を繰り出す。
 使うのは剣を持つ右手。刀身ではなく、柄を握るその手で直接殴りかかった。
 刃の輝きに気を取られ、マドゥはココロの拳を回避することができない。半ば無防備のまま、近づいてくる拳を見つめ続け――。
「ぐっ!」
 ココロの右フックがあごに命中し、マドゥは後方にダウンした。起き上がろうと地面に手を置くが、その瞬間にはもう喉元へと剣を突きつけられている。
「あーしの勝ちだ。消えな」
 剣先であごを持ち上げられ、マドゥは冷や汗を流した。生殺与奪の権はココロが握っている。ココロの完全勝利だった。
「なぜ止める。一思いに殺せばよかったものを」
「格好つけねーでもらいたいッスね。指揮官が死んでもゾンビは止まらない。でもあーたが出て行きゃ、ゾンビどももついていくはずだ。とっとと帰れ。二度と来んな」
「心読みか……」
 忌々しげにココロの目をにらみつけ、マドゥはゆっくりと剣を鞘に収めた。
 ココロにはわかっていた。プライドの高いこの男は、いさぎよく負けを認め退いてくれるだろうと確信していた。
「勝負は預けたぞ、偽者。……いや、ココロ・ニルーファ」
 マドゥはそう言うと、きびすを返し街の外へと走り去った。
「……フルネームで呼んでんじゃねーッス」
 遠ざかっていくマドゥの背に言葉を投げる。聞こえたのかそうでないのか、マドゥは一度だけココロの方へと視線を向けた。
 この戦いに追撃戦はない。軍属でないココロにとって、それを行うメリットは少なくリスクのみが大きい。ロゼの従者であるフュラーもまた同じだろう。
 フュラーのことが頭に浮かび、ココロは振り返った。――いつの間にかすぐ真後ろにフュラーは立っていた。
「うわ。いつから見てたッスか」
 ココロは思わず後ずさりした。フュラーはじっと押し黙ったまま、無感情な目でココロを見つめている。
 無言で見つめ合うココロとフュラー。表情の変化に乏しい者同士。一見気の合いそうな二人だが、どちらも自分からはコミュニケーションが取れない。気まずい時間が過ぎてゆくばかり。
 ココロは視線を落とした。フュラーの礼服が一箇所だけ破れており、戦いの激しさを物語っていた。たかが一箇所ではあるが、ココロより格上のフュラーが傷を付けられたのだから大した問題である。
 大通りには、動かなくなった魔族の屍が山と積まれていた。全身鎧の達人屍兵を倒しただけでなく、余った時間で敵軍を一掃してしまったらしい。
「これもしかして、ゾンビども全滅させたッスか? なんてこった。それならあいつにとどめ刺しときゃよかった……」
 平然と佇むフュラーは、呼吸も全く乱していない。実力の差を思い知らされ、ココロは肩をすくめた。
 ――そのとき。フュラーの服に開いた穴から、一枚の硬貨が転がり落ちた。
「お?」
 ココロが声を上げた瞬間、フュラーは目にも留まらぬ早業で空中の硬貨をつかみ取った。手にした銅貨を見下ろし、どこかほっとしたような顔を見せる。
「お金ッスか? 都会で暮らす人は大変ッスね」
 そう言ってから、ココロは自分が金無しであることを思い出した。路銀が全くないため食べ物も買えない。忘れかけていた空腹感が再び襲いかかってくる。
「フュラー。片付いたの?」
 殺伐とした場の雰囲気に合わない上品な声が響く。十人規模の護衛隊を引き連れて、赤い巻き毛の少女が姿を現した。
「ロゼちゃん。やっぱり来てたッスか」
「ココロさん」
 ロゼはココロを見上げた。ただそれだけで、ココロは思わず後ずさりしていた。ロゼの持つ美貌と眼力に圧倒されていた。
 軽く深呼吸し、改めてロゼを見る。相変わらず近寄りがたい雰囲気を振りまいているが、よく見れば体つきは華奢で可愛らしい。ココロは自身の巨躯とロゼを見比べ、無性に悲しくなった。
「無事でよかったッス。あいつら急に攻めてきたから……」
 ココロはロゼに歩み寄った。フュラーの立つ位置から凍てつくような殺気を感じたが、気取られないよう話を続ける。
「町の様子はどんな感じスか?」
「軍や警察も頑張ってたし、大した被害は見られなかったわ。きっと貴女が襲撃者の目を引きつけていたからね。ほとんどの魔族がここに集まっていたから、最初は何事かと思ったわ」
「そうッスか」
「でもここまで。言ったはずよ。貴女に役割はないと」
 ロゼの人差し指が、ココロのみぞおちを突いた。
「魔王を始末するのは私たちよ。貴女はせいぜい、全てが終わった後の身の振り方でも考えていなさい」
 ココロは困り顔で頭を掻いた。
 できることなら自分の手で魔王を仕留めたいところだが、誰かが先に魔王を討ち取ってしまったなら、それはそれで仕方がない。
 問題なのは旭光の杖の奪還だった。ココロが自分で使おうとしている以上、他人任せにすることはできない。
「楽できるのは結構スけど、旭光の杖だけは譲れないッス。あーしにはアレが絶対必要ッスから」
 悩んだ末、ココロは正直に打ち明けた。ロゼが不思議そうに首をかしげる。
「生き返らせたい人でもいるの?」
「そうッス。世界でたった一人、あーしの友達になってくれた人ッス。やれるやれないは別として、どうしても可能性に賭けてみたいんスよ」
 ロゼは「ふぅん」と鼻を鳴らし、視線を落とした。難しい顔をして、なにか考え込んでいるようだった。
「ま、いいわ。私たちが見つけたら、貴女に譲ってあげる」
 しばらく沈黙した後、ロゼはそう言って顔を上げた。
「本当スか。感謝するッス」
 ココロはロゼの瞳を見つめようとして――その瞬間猛烈な寒気に襲われた。背後に立つフュラーが、凄まじい殺気を飛ばしてきていた。
「そうッス。ロゼちゃんの付き人さん……名前はフュラーさんだったッスか。この人あーしに睨み利かせてくるッス。超怖いから、なんとかしてくれないッスか?」
 ココロに訴えにロゼは目を丸くした。それから若干険しい目つきでフュラーを見据え、つかつかと歩み寄っていく。
「どうなのフュラー。彼女になにか危険なものでも?」
「危険というわけではありませんが……」
「差し迫った問題がないようなら捨て置きなさい。従者が主の意思を曲解してはならないと、教えてくれたのは貴方だったでしょう? 私に恥をかかせないで」
「承知いたしました」
 ロゼの厳しい言葉を受け、フュラーは深く頭を下げた。
 かしこまった態度のフュラーを見て、ココロはなにか悪いことをしてしまったような不安に駆られた。
「問題ないわ。たとえ彼女が人の心を覗き見ていたとしても」
 ロゼの言葉に、ココロとフュラーは驚いて顔を上げた。いつから気づかれていたのか、心を読んでいたはずのココロすら把握できなかった。
 ココロやフュラーと趣は異なるが、ロゼもまた特別な存在だった。数多の交渉経験によって培われた洞察力、他人を見抜く眼力に秀でていた。
 戦闘能力が高いわけではない。魔法のような力が使えるわけでもない。しかし紛れもなく強者である。心を読まれても平然としていられる精神性は、私心を絶てるフュラーにも匹敵する。
「ロゼちゃん……」
 声を絞り出そうとしたそのとき。ココロのお腹が空回りし、みっともない音を立てた。
「あらあら。ふふふ」
 妙に嬉しそうな笑い声を上げるロゼ。ココロは照れくさくなって人差し指で頬を掻いた。
「村を出てからロクにメシを食ってなかったッス。助けてくださいッス」
 メシという単語を口に出しただけで、ココロの胃袋がまた鳴き声を上げた。激しい戦闘をしたため、干し肉一枚分のエネルギーは使い果たしてしまっていた。
「ついてきて」
 さっと後ろ髪をかき上げ、歩き出そうとするロゼ。
「その前に一ついいッスか? そこのお店に怪我した兵隊さんがいるッス。病院まで連れていかないと……」
「すぐ手配するわ。怪我の程度は?」
「出血は多くないッスけど、あっちこっち打ち身してて骨折があるかもしれないッス。それから……」
 ココロの話を受け、ロゼは護衛隊員らに指示を出した。医療機関への連絡と、怪我した兵士の救命にそれぞれ人員を割き、各隊員らに必要事項を伝える。
 瞬く間に店から兵士が運び出され、どこかへ搬送されていった。手際の良さに感心し、ココロは何度もうなずいた。
「治療経過を貴女に伝えるよう手配してもいいけど」
 ロゼの言葉に、ココロは少し迷ってから答えを出した。
「いんや。無事に生きてるなら、連絡はいらないッス。……ありがとうロゼちゃん。助かりましたッス」
「どういたしまして。それじゃ、行きましょうか」
 柔らかく言って、ロゼはココロの前を歩いた。小さくてか細い背中が、無性に頼もしかった。



 魔族の襲撃を受けたため、客はおろか店員さえもほとんど居ない高級レストラン。その中央テーブルで、ココロとロゼは二人きりの食事を楽しんでいた。
 色鮮やかなテリーヌ。鴨肉とピーマンのソテー。泡立てられたキノコのスープ――。
 見たこともない豪華な料理の数々に、ココロは舌鼓を打った。あまりにも未知の味すぎたため、美味であるかどうかはよくわかっていなかったがそれでも大満足だった。
「最初にココロって名前を聞いたときは、男の人かと思ったわ」
「あー。ポポロとかその辺は男の名前ッスからね」
 会話を挟みつつ、洗練された動作でナイフとフォークを操るロゼ。ココロも見よう見まねで挑戦したが、四苦八苦の末あきらめてスプーンとフォークのみを使い始めた。
 フォークで刺して噛み千切り、スプーンですくって飲み下す。店の雰囲気にそぐわない、品位の欠けた食事作法だった。
「一人前って結構な量になるんスね。あーしもうお腹いっぱいッス」
 人心地がつき、ココロは手の平で軽く胸を叩いた。皿にはまだ半分ほども料理が残されている。
「意外と小食で驚いたわ。どうやってそのサイズにまで成長したのかしら」
 ココロの胸をまじまじと見つめてロゼがつぶやく。ココロからすれば完全無欠に見えるロゼも、人には言えないコンプレックスを抱えているようだった。
「ロゼちゃん。あーしの分も半分食べてくださいッス」
「嫌よ太るもの。自分で注文した分くらい自分で食べなさい」
 食べ残すのも惜しいので、ココロは無理やりに料理を食道へ流し込んだ。
「ほら、ちょうどいいところに紅茶が来たわ」
 食後の紅茶がテーブルに置かれた。真っ白な磁器のティーカップ。カップの片側には、穴のない小さな取っ手が付いている。ココロが見たことのない形状だった。
 ガラス質の手触りを確かめ、ためらいがちにカップを口元へと運ぶ。紅茶特有の芳香が広がり、柔らかな甘みが舌を滑っていく。
「へー、甘いんだ。こんなお茶があるなんて、都会は凄いッスね」
「お砂糖を入れてあるの」
「へー。お砂糖。初めて飲んだッス」
 しきりに感心しつつ、ココロは少しずつカップの中身を飲み下していく。
「一時期、上流階級の間でこの紅茶が流行したわ。紅茶産業は拡大し、紅茶に入れる砂糖の需要も増していったわ。ただ……茶葉そのものはともかく、砂糖は作るのが手間だったの」
「ふんふん」
「そこで貴族たちは、海外で人を捕まえて過酷な強制労働を強いたわ。船に乗せて国外へ運び、農場で働かせたの。死ぬまでずっと」
「けふっ」
 ココロは思わず紅茶を吐き出しそうになった。
「この紅茶には、愛する家族と引き離された奴隷たちの怨念が宿っているのよ。呪いを飲み下して血に変える……。そう考えると、とても悲しいわね」
 とても悲しんでいるようには見えない、爛々と輝く瞳でロゼはカップの中身を見つめた。小さく髪をかき上げ、優美な仕草で紅茶を口元へと運ぶ。
 瑞々しく見るからに柔らかそうな桜唇――。
 そこからココロは目を離せなかった。女性らしく魅力的なロゼをうらやましいと思った。
「ちなみに、私のコレには砂糖を入れていないわ」
「ちょっ……あーしにだけ呪いを飲ませないでほしいッス」
「ふふふ」
 楽しそうに笑うロゼを見て、ココロはからかわれていたことに気づいた。心読みの力も万能ではない。細やかな感情の流れまでは把握できないのだ。
「そういえば、あの付き人さんはどこ行ったッスか? 姿が見えないッスけど」
 そわそわと落ち着かない様子でココロが尋ねる。
「フュラーのこと? 彼は自分の分をわきまえているもの。主であるこの私と同席するなんてあり得ないわ。外で見張り中」
「ボディーガードは大変ッスね。外、結構寒いのに」
「言っておくけど、ここでの会話も彼に筒抜けよ。なにかあったら、このレストランは一瞬で血の海になるわ」
 ココロはごくりとツバを飲み下した。店に入ったときから言い知れない居心地の悪さを感じてはいたが、それがフュラーの気配によるものだとは気づけなかった。
 店全体をすっぽり覆うほどの威圧感と、己を悟らせない隠密能力。どちらもココロの能力を大きく上回っている。
「何者ッスか? あの人は」
「王家直属の武芸指南役。兼、特務隊員……だったわ。飼い殺しにされていてもったいなかったから、私の護衛役として引き抜いたの」
 そう言ったロゼの顔は、他のことを話すときよりも楽しそうで誇らしげだった。能力や忠誠に対する信頼とは、全く別の感情が垣間見える表情だった。
「魔族ごときが何千人束になろうと、フュラーの敵じゃない。王は勇者でなければ魔王を倒せないと思ってるみたいだけれど、フュラーならきっと歯牙にもかけない」
「おー。物凄い信頼ッスね」
「だからココロさん。何度も言わせてもらうけど、貴女もう帰っていいわ。王の言いなりで命を危険にさらす必要なんて馬鹿げてるでしょ」
 薄く笑って、ロゼはココロの返答を待った。見る者の背筋を凍りつかせるほど凄艶な笑みに、ココロは思わず体をのけ反らせた
「……帰る場所はないッス」
 肩を落としてココロが答えた。
「住んでた集落は魔族に潰されたし、あーしは無一文の上に学もコネもないッスから。旅をやめたら行く当てなんかなーんにも残らないッス。それにあーしは、友達から大切なお役目を任されたッス。勇者として旅立ったそのときから、もう覚悟はできているッス」
 ロゼはじっとココロの瞳を見つめた。考えを見透かされているような気がして、ココロは思わず視線を泳がせた。
「感心しないわね。死を織り込み済みの覚悟は」
 ロゼが言った。素っ気ない風を装いながら、ココロを見るその瞳は真摯に訴えている。旅の終わりを。幸せを求め、再出発することを。
「……耳が痛いッス」
 耐えられなくなって、ココロは視線を落とした。目が合えば心を読んでしまう。他人の気持ちを暴き立てるその行為について、ココロは強い罪悪感を抱いていた。不当に他者を知ることが、相手を傷つけてしまうことだと知っていたから。
「そういえば、貴女は右利きなのね。『聖剣ラルタガナンを左手に携え――』って記述があったと思うのだけど……」
 思いついたようにロゼが言った。食事作法を知らないココロは、ナイフもフォークもスプーンも全て右手に持ち替えながら使っていた。もちろん剣も右手で振っている。
「何の記述ッスか?」
「王家が保管してる予言書の内容よ。貴女が知るはずのないことだけれど。――知っていたら、こんなところまでやってこないでしょうし」
「ん……。それはどういう意味ッスか?」
「相討ちになるって書かれてあるから。予言書の記述では、勇者と魔王が共死にになって終わるらしいの」
 ココロは少しだけ思案した。勇者と魔王が相討ちになるという予言書の記述。書かれている『勇者』はフィーナのことなので、ココロが死ぬかどうかはわからない。
 むしろフィーナが引き分けに持ち込める程度の相手ならば、ココロが戦えば問題なく勝てる公算は大きい。無論それは一対一の戦いを前提とした話だが。
「これ、話しても大丈夫ッスかね。実はあーし、本物の勇者じゃないッス。間違えられて城にお呼ばれしたッス」
 ココロが話し終えるや否や、ロゼは人差し指を一本立て、唇に当てる仕草を見せた。
「駄目よ、人に言っては。下手すれば重罪人扱いを受けることになるわ。時期が来るまで黙ってなさい」
 その強い眼差しに圧倒され、ココロはわけもわからずうなずいた。
「本物の勇者はどこに?」
 声量を落としてロゼが尋ねる。
「あーしをかばって魔族にやられたッス。フィーナちゃんっていう子で、すんごく優しい子だったッス。……いい友達だったッス」
「勇者がすでに? じゃあ、予言書に書かれてあることっていったい……」
 今度はロゼが黙考した。
 予言書の記述と現実に相違が生じている。予言書が正しいとすれば、それはつまり誰かが意図的に未来の出来事を修正したということ。その誰かとは、魔族である可能性が高い。
 なぜ魔族が未来を知り得たのか。考えられる解答は四つ。
 一つ目。魔族が何らかの手段で予言書を見た。
 二つ目。予言書が二つ以上存在している。
 三つ目。魔族の中に未来を読める者が居る。
 四つ目。そもそも予言書の内容が信用に値しない――か。
「本物の勇者は、生まれたときから左胸にハート型のアザがあるらしいッス。でも、あーしのコレは刺青ッス」
 ココロは服の襟を下に引っ張り、左胸上部のハートマークを見せた。
「戻しなさい。目立つでしょ」
 対話しながら、ロゼはさらに思考を走らせる。
 胸のハートマークという具体的な特徴。その条件に該当する者が実在していたという事実――。これで予言書の記述が全くの虚偽である可能性は薄くなった。適当にマズルガフを襲ったわけではない。魔族は未来を変えようとしたのだ。
 ロゼの中で、魔族に対する興味が膨れ上がった。魔族たちの中に未来を知る者が存在していたなら、それは大いに利用価値がある。
「相討ちッスか……」
 ココロがつぶやき、重いため息をついた。
「……ロゼちゃんの話聞いて、ちょっと落ちこんだッス。まさか、勇者と魔王が相討ちになる運命だとは思ってなかったッス」
「でも、貴女は本物じゃないんでしょ? だったら関係ないじゃないの」
「フィーナちゃんのことッス。本当、天使みたいにいい子だったんスよ。それなのに、どう転んでも死ぬ運命だったなんて……。そんなのって、あんまりじゃないッスか」
 ココロはマズルガフで暮らした十年間、すっとフィーナの身代わりになるつもりで生きてきた。それで親友を守れると信じていた。
 けれど違っていた。たとえココロが身を挺しても、フィーナは結局命を落とすのだ。辛い戦いに駆り出され、一抹の救いもなく。
 ただ、考えようによっては、今の状況は幸運でもあった。ココロはフィーナよりも格段に強いのだ。相討ちとならずに魔王を倒せる可能性は、予言された未来よりも高まっている。しかし――。
「旭光の杖が本物なら、今からでもフィーナちゃんを救うことができるッス。なんとか杖を手に入れないと……」
 ココロはまだ気づいていない。予言書に記された『勇者』が、果たして本当にフィーナだったのかということを考えていない。自分が偽者であると信じ込んでいる。
「杖のことなら私に任せて、おとなしく家にこもってなさい。貴女が道半ばで倒れてしまったら、誰も助からないわ」
 ロゼが再三ココロに警告する。
「でも、住む場所もお金も……」
「寝床や働き口の一つや二つ、私が紹介してもいいわ。だからもう一度よく考えてみることね。死にに行くなら止めはしないけど、そのフィーナって子の犠牲が無駄になるだけよ」
「ロゼちゃん……」
 ココロは嬉しかった。赤の他人であるロゼが、自分を助けようとしてくれることに。心洗われるような喜びを感じていた。
「いつも心配してくれてありがとうッス」
「自分が傷つかない範囲でなら、人はいくらでも善人になれるものよ。貴女が邪魔になれば、私はためらいなく手の平を返す」
 薄く笑って憎まれ口を叩くロゼ。その言葉が彼女の本心でないことを、ココロは知っている。
「ときどき考えることがあるッス。今までいろんな人に助けられてきたこの命を、粗末に扱っていいもんなのかって」
 ココロは物心つく前に、里親の下へ預けられた。身寄りのないココロが幼少期を無事に過ごせたのは、引き取ってくれた母のおかげだった。
 養母の下を離れてからは、紆余曲折あってマズルガフへと送られた。そこでもたくさんの人がココロを助けてくれた。
 フィーナ。剣聖アレキテレツ――通称キテレツじーさん。畑を貸してくれた近所のおじさんに、服を仕立ててくれた村はずれに住むおばあさん。
 本当に多くの人がココロに恵みを与えてくれた。そのことへの感謝を忘れることはない。
「でも、他に使い道なんて浮かばないんス。早死にすると思ってたッスから。魔王討伐はあーしにとって復讐であると同時に、たった一つ残された為すべきことッス」
 ココロはそれきり押し黙った。フィーナのことを思うと胸が詰まり、言葉は何も出てこなかった。
 ロゼはじっとココロの顔を見つめ、優雅にティーカップをつまみ上げた。唇を紅茶で濡らし、静かに口を開く。
「そうそう。言い忘れるところだったわ」
「うえ?」
「貴女の親御さんについて調べたの。といっても、実母は不明で養母の方しかわからなかったのだけれど」
 その話題に触れた途端、ココロは露骨に視線を逸らした。明らかに動揺していた。
「き、聞きたくないッス」
「いいから聞きなさい」
「むぐ」
 ご馳走になった手前、また先刻ロゼからの提案を断った負い目から、ココロは耳を塞ぐことができない。ごまかすようにティーカップを唇へと密着させた。
「ココロさんのお母様は、隣町で暮らしているわ。魔王の居城へ向かうにしても、そこはちょうど通り道になってる。まあ、直進するよりは遠回りだけど……」
「あ、あーしが行くと思ってるんスか? 会いたくもない人の所に……」
「行くわ。このまま魔族との戦いに身を投じれば、いつか貴女は死ぬかもしれない。だから、行かなくては駄目。育ててくれた人に、ちゃんとお別れを言わなくてはね」
 心読みを使うまでもなく、ロゼの魂胆は見え透いている。
 ココロを親元へと向かわせ、その隙に魔族の領地を制圧してしまおうという算段である。
「私たちの方でアポを取ってもいいし、必要なら地図も用意させるわ」
「手回しがいいんスね……」
「貴女に意地悪できるなら安いものよ。私、人を困らせるのが大好きなの」
 ロゼは悪戯っぽく笑い――少しだけ優しい顔つきになった。
「お友達が亡くなったこと、災難だったわね。あまり自分を責めたり自暴自棄になっては駄目よ。未来を託してくれた人のためにも」
 ココロはうなずくしかなかった。フィーナが救ってくれた命を、無駄に散らすことなどできない。しかし自暴自棄になりかけていたことも事実であり、胸が締めつけられる思いだった。
「悪いことは全部他人のせいだと思うようにしてるッス。いちいち自分を責めてたら、辛くなりすぎるッスから」
 だからココロは魔王を倒すと決めた。
 親友を救えなかった自分。影としての役目を果たせなかった自分。ふがいない自分を責める代わりに、魔族を強く憎んだ。憎しみすらもエネルギーに変え、勇者としての任務を遂げるために。
「良いことは全部他人のおかげよ。そう思わなければ、人はすぐに驕り昂ぶるから」
 ココロの言葉を肯定するかのようにロゼが言った。彼女もまた複雑な想いを抱えていた。
「私たち、馬が合いそうね」
「あーしもそう思うス」
「お友達になりましょうか」
 ロゼが嬉しそうに笑い、ココロはわずかに顔を紅潮させた。
 心読みの力に気づいていながら、ロゼはごく普通に接してくれている。ココロは胸の中をくすぐられているような、気恥ずかしく嬉しい気持ちになっていた。
「もし全ての問題が解決したら、なにかしたいことはある?」
「やりたいこと……ッスか」
 ココロには未来への希望などない。しかし、やりたかったことならある。
「フィーナちゃんの代わりに……」
 ――死にたかった。
 そう言いかけて、ココロは口をつぐんだ。
 過去は変えられない。それを望み口にしたところで、空しさだけが残る。
 清く正しいフィーナなら、多くの人に求められながら生きていけただろう。
 しかし自分には何もない。愛嬌も、生活力も、最低限の良心すらあるとは思っていない。
 求められず。愛されず。絶望に沈み込む未来が、鮮明に想像できる。
 マズルガフに住んでいた頃はそれでも良かった。フィーナの身代わりとなって死ねるなら、これ以上ないくらいに上等な人生だと思っていた。
 フィーナという希望を後世に残す。それだけで良かった。それだけがココロにとっての生きる意味だった。
「貴女が望めば過去は変えられる」
 ココロの胸中を汲み取ったかのように、静かな声でロゼが言った。
「……どうやって?」
 当然の疑問を返す。それこそ魔法でも使えない限り、既に起こってしまったことを変えることなどできない。
「長生きすることねココロさん。そうすれば、過去の意味も変わってくる。命を粗末にしては駄目。これは絶対よ」
 ロゼはティーカップを口元に運んだ。洗練されたその動作は、一流の剣術に通じるものがあった。
 真っ直ぐ前を見つめながら、ココロはロゼの言葉を反芻した。
 過去の意味。勇者フィーナが息絶え、偽者の自分が生き延びてしまった意味。
 今のココロにとって、その現実は呪いでしかない。決して逃れることはできず、四六時中胸の奥を苛み続ける。
 時間が経てば変わるのだろうか――と、ココロは考えた。しかし、とてもそんな風には思えなかった。
「そう。今はまだわからないのね。焦って答えを出すことはないわ。ただ、一つだけ覚えておいて」
 ロゼはティーカップを置き、ココロの方へと身を乗り出した。
「――貴女もまた、望まれてここに居るのだということを」
 その言葉をささやいた瞬間、ロゼは笑っていなかった。微笑みを絶やさなかった少女が、初めて見せた真剣な眼差し。
 迫力に気圧され、ココロはなにも言えなかった。


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