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サトルカゲユウ 終章

 ナマケモノという動物がいる。アリクイの仲間であり、その生態はココロ・ニルーファに酷似している。言語圏により様々な名で呼ばれるこの動物。しかし多くの国において、名前の由来は『怠ける者』という意味の語でおおむね共通している。
 ――ナマケモノ。その名の如く怠惰な動物。
 風を食って生きていると噂されるほどの小食。一日わずか数グラムの植物を食べるだけで生きられるという。
 樹上でほとんど動かずに過ごし、毎日二十時間も睡眠に費やす。ほ乳類でありながら変温動物の特性を持ち、気温に合わせ体温を変化させることでエネルギー消費を抑えている。
 変温動物は基本的に小食である。大型の肉食動物として知られるワニも、鶏一匹で一週間は生きるといわれている。

 ココロ・ニルーファの場合、人並み程度の食欲はある。普通の人より体温が気温に左右されやすいが、変温動物というわけではない。そしてナマケモノのようによく眠る。
 人並みのエネルギー摂取。エネルギーを消費しない生活。だが決して肥えてはいない。温存したエネルギーには、常人と異なる使い道があった。
 ココロ本人も知り得ない事実。その『異なる使い道』とは、心読みの能力である。
 一方、同じ異能を持つメビスの場合、ココロとは別の手段によって能力発動を可能としている。
 その手段とは、青い血。魔族の青い血は高度なエネルギー伝達を可能とし、そのエネルギーは未来読みや擬態能力など様々な異能となって現れる。
 怠惰と血。異なる道程を経て発生した心読みの力は、それぞれの使い手を不幸にした。
 誰よりも他者を理解できるはずの彼女たちが、誰よりも他者を恐れ危ぶんでいる。
 見たくもない心の闇を覗き込んでしまう。心読みがもたらす『理解』とは、すなわち呪いなのだ。
 呪われた者同士で争う。偽勇者と業魔女王の戦いは、どちらの呪詛が相手を喰い潰すかという勝負である。
 ――あるいは。
 呪いを祝福に変えた者こそが、真に勝者と呼べるのかもしれないが。


 ココロの背中に書かれた『左を向け』のメッセージに惑わされ、メビスは肩に深手を負った。その傷でメビスは右腕の自由を失った。
 ロゼの描いたおまじないに救われ、ココロはようやく平常心を取り戻した。全く手も足も出なかった相手に初めて傷をつけられたことで、大きな自信と気力が生まれた。
 メビスに攻撃を当てるというだけなら、もっと効果的な策がいくらでもあっただろう。しかし、ロゼが選んだのは子供の悪戯を思わせる一手。
 半分ふざけたような策を成すことで、ココロに対し「落ち着きなさい」とメッセージを送っている。
「ふうーっ……」
 深呼吸一つ。
 肺に空気を行き渡らせ、鈴鳴りの剣を中段に構え直す。
 ロゼのおまじないだけではない。ココロをずっと救ってくれていたのは、師の剣であり技であり、フィーナがくれた鈴の音でもあった。
 飾り鈴が奏でる音の波は、メビスの動きにわずかな緊張を走らせていた。その緊張――動きの乱れこそ、ココロが九死に一生を得ている要因の一つだった。
 多くの意志に助けられていた。あるいはマドゥとの戦闘経験や、フュラーがメビスに与えたダメージも、ココロの存命に深く関わっているかもしれなかった。
「ふうっ」
 もう一度深呼吸し、ココロは視線を落とした。先刻まで把握できなかった存在がそこにあった。
 それは足元に見える『在るはずのない』一本の線。メビスとの間を遮るように、どこまでも真横に続いている。
 第三者には見えない。ココロと――対峙するメビスの目にだけ映る幻影。ココロには、それがなんの線なのか直感的に理解できた。
 それは死線。生と死を分かつ境界線。
 そこを越えれば命はない。ほぼ確実な死が待ち受けている。
「さぁて」
 普段と変わらない無表情。普段どおりのけだるげな足取りで、ココロは前へと歩き出す。
「もうひとふん張り」
 ――踏み越えた。死線を。
 そこから先は決死の領域。死ぬと心に決めた者のみが立ち入ることを許される。
 今さら死ぬことを怖いとは思わない。ココロにとって、なにもできないことだけが恐怖だった。
「その線を越えるか……」
 メビスの声が震えた。むせび泣きたいほどの歓喜が、彼女の全身を駆け抜けていた。
 眼前に立ちはだかるのは死兵。自身より遥かに劣る劣等種。
 ――立ち向かってくる。今にも崩れ落ちそうな死に絶え絶えの体で。
 求められることの喜びを、メビスは強く全身で感じた。
 そして気づいた。いつしか自分の足元にも、くっきりと死線が浮かび上がっていたことに。
 並の感性で推し量るなら、この勝負でメビスが命を落とすことなどまず考えられない。両者の実力差は歴然なのだ。
 だからこそ、その死線は物語っていた。この戦いが尋常の結果では終わらないであろうことを、はっきりと。
「魔界の興廃……この一興に委ねようぞ」
 メビスもまた、その線を踏み越えた。もはや後戻りはできない。
 視線を交わす。決死の領域で二人。
 互いの意が絡み合い、混じり合い、融け合う。
 相対尽のように。恋人同士のように。
 愛し合っているわけではない。胸の内を占める情は、喜びに満ち溢れた敵意のみ。
「近う寄れ」
「行くッス」
 対話ではない。聞く耳など持たない。しかし会話が成り立っている。
 求めるものは互いの命。その一点において、ココロとメビスは深く通じ合っていた。
「わらわも往こう。勇者!」
 ココロが前へと踏み出そうとした瞬間。機先を狙い済ましたかのように、メビスの背が弾けて広がった。そこから複数の長い触手が伸び、地を這いながらココロへと迫る。
 フュラーとの死闘に決着をつけた八本の触手。鍛え上げた体をも貫く殺傷力と、電光石火のスピードを併せ持つ。魔王メビスの切り札である。
「その手は知ってる……!」
 フュラーの心を読んだ際、メビスが使う八本の触手については情報を得ている。軌道も速さも予測できる。
 剣の間合いにまで迫ってきた触手二本を斬り飛ばし、ココロは向かって横方向へと駆けた。残る六本の触手が追いかけてくるも、フェイントと牽制で上手く捌いていく。
 ――走れ。
 ココロは自分自身にそう訴えた。走り続けなければ、その瞬間に身を引き裂かれ全てが終わってしまう。
 余力はない。そんなものは残さない。
 己の命を犠牲にしてでも勝つ。亡き親友への誓いを果たすために。
「親を見限り、友を欺き、そしてそなたは復讐を選んだ。つくづくあわれな娘よ」
 メビスの手数と攻撃速度は、ココロを大きく上回っている。先程までは防御するだけで手一杯だった。
 だが片腕のみのメビスならば十分に対応できる。ココロにも反撃のチャンスがめぐってくる。
「一人で生きて一人で死ぬ……! あーしら化け物にゃ、そいつがお似合いだ……!」
 三方向から同時に襲いかかってきた触手を、ココロは回転斬りでまとめて切り飛ばした。落ちた触手が不気味に地面をのたうっているが、気にかけている余裕はない。
「ふははっ。違いない」
 残る三本の触手が束ねられ、ねじれ、絡み合い、一本の巨大な触手となってココロに迫り来る。
 速い。そして強い――が、軌道は単純で予測しやすい。
 ココロは身を沈めてかわし、下から剣を振り上げた。束ねられた三本の触手が一刀両断され、宙に投げ出される。
「……っ!」
 ――ココロは驚愕した。
 触手が切り離され、クリアになった視界の向こう側。魔王メビスが、すぐ手の届く距離まで接近してきていた。左手に青い発光体を携えて。
 これ見よがしに繰り出された触手は目隠し。メビスの本命は、左手に収斂された青く輝く――――霊光。心当てと見た目は異なるが、同質の何か。当たれば精神を破壊され、その場で戦闘不能に陥る。
「ちいっ!」
 青く輝く手の平を、メビスがぐんと伸ばす。
 ココロはとっさに上体反らしで攻撃を避け、崩れた体勢のまま下から上へと左拳を突き出した。しかしメビスも上体を反って攻撃をかわし、互いにバックステップで間を開ける。
「避けんのかよ、あのタイミングで」
 悪態をつきつつ、ココロはメビスが見せた青い霊光について考察した。
 メビスは魔族特有の異能を複数使いこなしている。心当ての技を持っていてもおかしくはない。また、フュラーの技を容易く真似できたことから、たった今覚えた可能性も否めない。
 ココロの記憶を読んで真似たのか。以前から持っていたのか。
 その答えを推測しようとして、ココロはかつて交戦したムカデ型の魔人を思い出した。
「そうか。あのムカデ怪人は、あーたの力で生み出されたんスね」
 ココロは養母が暮らす町で、異形の怪物と出会った。まるでムカデのようなその怪物は、魔族の実験体であったという。
 その実験とは、強力な精神操作を受けることで肉体に影響が表れるかどうかというもの。
 実験が成功だったのか失敗だったのか。ともかく精神操作の影響により、異形の怪物が誕生してしまった。生み出された怪物はココロとマドゥの共闘により倒されたが――。
「マドゥが追ってた化け物は、強力な精神操作を受けていた。その精神操作の方法が……あーたの心当てってわけッスか」
「心当て?」
「あーたがさっき使おうとした力を、そう呼んでるッス」
 ココロは左手をかざし、その手に赤い霊光を顕現させた。
「あーしも使える」
 すぐに左手を握り締め、霊光を消滅させる。
 心当てには多大なエネルギーを使用する。消耗しきった今の体で放てるのは、一回が限度。それ以上は不発に終わる可能性が高い。
 ミスは許されない。一度の発動で確実に当てる必要があった。そのためには、まずメビスをつかまえなくてはならない。
「精神を喰らう戦いか……。面白い」
 メビスは左手の平を見せつけるように、ココロの方へと向けて伸ばした。
 ココロがあえて能力をひけらかしたのは、メビスに同じ能力を使わせるため。
 自分に絶対の自信を持つメビスなら、対等の勝負を挑んでくる可能性が高い。同じ力を持つココロに対し、同じ力で勝負してくる。
 そしてこの勝負は相討ちが狙えるのだ。互いの攻撃手段が限定されるなら、普通に戦うよりも勝つ見込みが大きい。
「いざ。尋常に」
「ああ。勝負ッス」
 互いに狙いは見え透いている。心当てによる一撃必殺。
 心を当てる。
 感情を。精神を。魂の根源を流入させ、心の破壊に至る無慈悲な攻撃法。
 フェイントをかけることもなく、両者が間合いへと踏み込む。
 大きく開いた左手を、ココロは真っ直ぐ前へと伸ばした。
「捉えたッス」
「こちらもじゃ……」
 双方の左手が、互いの頭をわしづかみにしていた。
 必殺の距離。絶好の勝機。後はただ、全力で魂をほとばしらせるだけ。
「遅いぞ、勇者……!」
 先手を取ったのはメビスの側。その手から青い霊光がほとばしり、ココロの脳を焼き尽くす。
「あ……! ぐ……!」
 暗転する視界。消えてゆく音。麻痺していく触覚。
 見えず、聞こえず、感じない。それは死に等しい。
 だが、まだ終わっていない。たとえ五感が失われても、ココロにはまだ気配を読み取る力があった。フィーナの魂が宿る飾り鈴と、仇敵メビスの存在だけは確かに感じ取ることができる。
 ココロは真っ直ぐ剣を突き出した。手応えも何も感じない。しかし目の前に佇む気配は、にわかに揺らぎを生じさせていた。
「なんと……」
 ――暗闇の外。
 ココロには見ることも聞くこともできない領域で、メビスはうめき声を上げていた。その胸には、ココロの突き出した剣が深々と突き刺さっている。
「死に際の一念……か……。最期まで……楽しませてくれる……」
 口の端に青い血をにじませ、メビスは薄く笑った。笑ったままの表情で、その瞳から静かに光が失われていく。
 決戦の地で立ち尽くす二人。どちらの灯火も消え、彫像のように静止している。その最期を誰に看取られることもなく。
 二人だけの最終決戦。
 決着を知る者は誰もいない。今はまだ。誰も。


・エピローグ


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