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~クレール・ラナ~

 お風呂から上がると、居間にいたはずのディノが姿を消していた。どうせまた例の大衆酒場にでも行ったんだろう。
 ロミーナが家に来てからはご無沙汰だったのかもしれない。まあ、たまの息抜きくらいは誰にでも必要か。
「あれ? クレール。どこか行くの? せっかくお風呂入ったのに」
 寝室で動きやすい服に着替えていると、ロミーナが尋ねてきた。
「戦いの前には身を清めるの。それが古くからの習わし
「なに? ケンカするの? あたし手伝う!」
 ロミーナが目の前でパンチの素振りを始める。ゴウンゴウンと凄まじい風切り音が響いて、サイドテーブルに置いてあった本のページが風圧でぱらぱらとめくれた。
ケンカばかりが女の戦いじゃないの。ロミーナがもうちょっと大きくなったら手伝ってもらうから、今日はもう休みなさい」
 そう言って早く寝るように勧めると、ロミーナは不満げな表情でベッドにダイブした。
「つまんないなあ。ディノも約束忘れちゃってるし
「忙しいんじゃない? 明日にでもなれば少しはわがまま聞いてくれるかもよ」
「うーんそうする」
 少しして、ロミーナはベッドのシーツを抱きしめたまま寝息を立て始めた。
 まだまだ元気いっぱいに見えても子供は子供。寝つきの良さが少しだけうらやましい。
 なるべく物音を立てないよう、そーっと明かりを落としてあたしは家を出た。
 施錠をしっかりと確認し、向かうは歓楽街方面……ではなくて、色気のない路地裏。
 まだ暗くなったばかりとはいえ、ここはただでさえ人通りの少ない裏道。夜中に歩く物好きはほとんどいない。
 こんな時間にこんな場所までやってきた目的は一つ。見放された者を狩ることだ。
 昨晩取り逃がしたアイツを、今日こそは始末しないといけない。ディノやロミーナ。なによりあたし自身の安全を確保するため、不安の芽は早くに摘んでおく必要がある。
 変異の進んだ見放された者はやっかいだ。時間が経過するほどに、奴らはより危険に、より凶暴に進化する。そうなる前にカタをつけないと……。
「さて、と」
 見放された者たちは、あまり複雑な行動をとらない。十中八九昨日と同じような時間に同じような場所をうろついているはず。まずはそこから順に調べていこう。


 適当に当たりをつけ、裏道だけをぐるりと歩いて約二十分後。
 ――――いた。
 白いドレスを着た女が一人。路地の真ん中にポツンと立ち尽くしている。
「あぐ……あ……」
 ロープを無理やり引き千切ったかのようなブチブチという音が鳴り、肥大化する彼女の左腕。
 ――変異している。
 帝都で、そして世界中で恐れられる、死を超越した病気。異形成腫活化病。
「ねえ」
 彼女に向けて声をかける。今ならまだ……まだ話ができるかもしれない。そんな都合のいいことを考えながら。
 期待――だ。叶うはずもない、根拠のない期待。あたしはいつも、それに裏切られてきた。そして、今度もまた――。
 彼女の腕がさらに変異する。肥大化した彼女のそれは、徐々に姿を変え、手にした物と結合を始めた。
 手にした物。――バイオリン。きっと彼女が、青春の多くを捧げてきたもの。
 続いて右手の方も変異し始める。見なくてもわかった。こちらはバイオリンを弾く弓と融合していく。
「だあ……れ……?」
 彼女がこちらを向いた。
 瞳に宿るものは狂気。これまで何度となく相対してきたもの。
 あたしは腰のベルトからナイフを引き抜いた。
 ――わかってる。こんなものじゃ彼女をを倒せない。『見放された者』を殺せるのは、都市の伝説だけ。
「そっちこそ誰よ」
 歩み寄りながら質問を返す。こちらの目的がわかっているのかいないのか。彼女は逃げようとせずその場に佇んでいた。
「オル……ネラ……」
 たどたどしい口調で彼女が名前を言った。
 ――オルネラ、か。それがこの子の名前……。
「あたしクレール。よろしく。それと――」
 オルネラがバイオリンを肩とあごではさみ、右手の弓を持ち上げる。
 演奏しようというんだろうか。刃物を向けられているこの状況で。
 まあどうでもいい。こっちはこっちの用事を済ませるだけ。
 あたしはナイフを振りかぶりつつオルネラに向かっていった。
「――さよなら」
 ぎぃーというバイオリンの音が鳴ると同時にナイフを振った。これで彼女の足を止められればと、そう思って。
「……っ」
 ――空振りした。予期していた衝突がなかったために、思わずバランスを崩して空足を踏む。
 オルネラの体が水平に動いていた。歩いたのではない。見えない力に引っ張られるようにして、地面を滑っていた。
 曲調が早くなる。二倍、三倍。ううん、もっと早い。
 人間の限界を超え、楽器の限界をも超え、オルネラは高速で弓を動かした。
 そして、曲のテンポに比例するかのように、彼女が地面の上を滑る速さも徐々に増していく。
 ――左右への移動。凄まじいスピード。
 超高速の移動から、オルネラはこちらに向かって蹴りを繰り出した。
 紙一重で身をかわし、ナイフを横なぎに振るう。しかし当たらない。こっちが攻撃を開始したとき、彼女はもう間合いの外にいた。
 曲調がますます激しくなり、それに比例してオルネラは加速する。
 ――速い。速すぎる。
 触れるどころか、目で追うことすらできない。
「練習……しなきゃ…………もっと……もっと……!」
 腹部に鈍い衝撃。数秒遅れて、彼女に攻撃されたのだと理解する。
 殺気は感じない。脳が変異している『見放された者』たちは、殺意を抱かない。
 相手は倫理も常識も思いやりもない不死のモンスター。なにをしてくるか全くわからない異常生物。ある意味では殺意を抱いた人間よりもタチが悪い。
 ……とにかく、このままじゃまずい。どうにかしてオルネラの動きに追いつかないと。
 右手を伸ばした。切り札を使うときがきた。そう思った次の瞬間、周囲を高速移動していたオルネラの気配が、ふっと消えてなくなった。
 ――逃げた? まさか……?
 辺りに視線を走らせたそのとき、遠く離れた場所から『ぎぃー』とバイオリンの音が鳴った。すぐにそちらへ向かおうとしたけれど、すぐまた別の場所から『ぎぃー』と聞こえ、出鼻をくじかれた。
 オルネラが滅茶苦茶に逃げ回っている。街中のいたる所でバイオリンの音が響いている。
 このままでは逃げられる。対峙してからなんとかしようという考えが甘かった。不意打ちで仕留めるか、逃げ場のないところへ誘導するしかない。
 ……いける。問題ない。アムルパーレの地理は全て把握している。先回りして追い詰めて倒す。それだけ。
 音を頼りにオルネラを追跡する。バイオリンの音はしばらくあちこちを動き回った後、ある場所で止まった。そこは抜け道のない袋小路になっているはずの路地裏だった。
 チャンスだ。そこでなら脇を抜けられさえしなければ、ほぼ確実に仕留められる。
 五感を高め、気配を探りながら路地裏に入った。道の脇には木箱や樽が山積みになっている。
 ちょうどいい。こいつを倒してバリケードにしよう。
 乗り越えるのは簡単だけど、オルネラは水平方向にしか高速移動できないみたいだったから、こんな物でもきっと役に立つ。
 樽を全力で蹴飛ばすと、思いの外あっさりと樽の山は崩れてくれた。しかも転がった樽が周りの木箱やなんかも次々と押し倒し、あっという間にバリケードが完成した。ここからが正念場だ。
 逃走と反撃。相手がどちらの行動をとっても対応できるよう、速くも遅くもないペースで路地裏の奥へと向かう。少し進んでいくと人影が見えた。
「自分から 袋小路に入り込んでくれるなんてね」
 余裕たっぷりの口調で相手を牽制する。そこにいたのはオルネラ…………と。なぜかもう一人の人物が。
 特徴を把握するまでもなく、チラと視界に入り込んだだけで、あたしにはそれが誰なのかわかってしまった。
「ディノ!?」
 思わず彼の名を呼んだ。
 そう。ディノだ。オルネラと向かい合っていたのは。
 心臓が一段大きく胸を打ち、全身の血が冷たくなっていく感覚――。
 ――最悪だ。こんなところを、よりにもよって彼に見られてしまうなんて。
「クレール……か?」
 ディノが一瞬驚いたような表情を見せる。それでもすぐに取るべき行動を理解したのか、無駄のない動作でこちらに駆け寄ってくる。
 ――冷静だ。いつもの冷静なディノ。こっちはまだ現状を把握することすらできていないのに。
 オルネラからあたしをかばうように、ディノが腕を真横に伸ばす。
 まずい。とにかくまずい。
 こんな状態じゃ戦えない。
 もしディノの前で切り札を使ったりしたら、あたしはきっとあの家にいられなくなる。こうなったら、オルネラにつかまるのを覚悟で二人一緒に逃げ出すしかない。
 でも……でも。
 二人で一緒に過ごしていたときのことを思い出す。
 ――彼だけだった。優しく普通に接してくれたのは。
 ――彼だけだった。掃き溜めで生活していたあたしを、何の対価もなしに助けてくれたのは。
 嬉しかった――反面、傷ついてもいた。あまりにも世界が違いすぎて。
 彼はまっすぐすぎた。歪みに歪んだ自分と比べる度に、身を切り裂くような痛みと不安が襲ってきた。薄汚い心と体を持つ自分がたまらなくみじめだった。
 だけど……いつかはキレイな自分に戻れると思ってた。希望と思いやりを持った、かつての自分に。
 いつかきっと――彼と一緒なら――。
「ディノ……。あたしの後ろへ……」
 ……覚悟は決まった。なによりも優先されるべきはディノの命。
 それさえ守れるんだったら、どんな未来が待ち受けていたとしてもあたしは躊躇しない。
 帝都の平和を脅かすこいつらを。ディノの肉親を奪ったこいつらを。こいつら見放された者たちを。根絶やしにしてやる……!
「心配いらないよ。クレール」
 落ち着き払った声でディノが言った。その横顔に、怯えの色は浮かんでいない。
 なぜ? 『見放された者』の恐ろしさは、帝都に住まう誰もが熟知しているはず。怖がらない、はずがない。
「オルネラ。僕の言葉がわかるか?」
 ディノがオルネラに話しかける。オルネラは黙ったまま首をかくんかくんと揺らした。イエスともノーともとれる答えだった。
「君を助けたい。おとなしくしていてくれ」
 ――助ける? そんなことは不可能だ。あたしは知っている。変異の病は決して治らない。
 唯一の救済は死。それだけが『見放された者』を永遠の苦しみから解放できる。そして、それを与えられるのは――。
 できっこない。ディノになにができる? 孤独も絶望も知らず、ただのうのうと生きてきた奴なんかに、彼女を救うことなんてできはしない。できるものか。できるはずが――!?
 あたしは自分の目を疑った。あるはずのない物が、そこにあったから。
 ディノの右手に、いつの間にか握られているもの。透き通った赤い剣。あれは……まさか!?
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