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3章『宴の夜、休息の夜』

 ~ディノ・ガレル~


 ――ロランベル・アルジェント。通称ローリー
 記憶の中にあるこの名前は間違っているかもしれない。なにせ、聞いたのは六年前にたった一度だけだ。今では本人さえも、自分の本名を忘れてしまっている。
 学生時代、彼の印象は『透明感のある人』という感じだった。影が薄いとか、そういう意味じゃない。穢れがなかったのだ。
 顔が美しい。声が美しい。髪が。体つきが。動作が。佇まいが。笑顔が。心までもが美しい。
 醜さ、歪みを徹底排除した究極の美。美そのもの。
 どこか浮世離れしていた彼の存在に、誰もが嫉妬した。……僕だって、口に出したことはなかったけれど、本当はローリーのことが羨ましかった。
 そして皆のジェラシーが頂点に達したある日、事件は起こった。
 学生の一人が、ローリーに暴行を加えたのだ。堰を切ったように、二度目、三度目の乱暴が行われ、私刑に参加する人数は次第に増えてゆき、その内容も徐々にエスカレートしていった。無数の青あざが、磨かれた宝石のようだった彼の体に刻み込まれていった。
 あるとき、ローリーは僕に相談を持ちかけてきた。
 辛い。苦しい。一刻も早くこの状況から逃れたい――と。
 恐怖と絶望に彩られた彼の顔を、僕は今でも忘れられない。
 ――助けてほしい。
 彼は最後まで、その言葉を口にしなかったけれど……。
 僕には、はっきりと伝わってきていた。内に秘めた彼の慟哭。救いを求める声無き声。
 ……けれど、なにもできなかった。
 どこから仕入れたのか。大量の劇薬を服用し、彼は自殺を図った。
 そのほとんどを吐き戻してしまったことと、品質の悪い薬物であったことが幸いし、ローリーはなんとか一命を取り留めた。
 しかし、壊れかけていた彼の心は、そのとき完全に打ち砕かれた。
 一ヶ月間にわたって放心と錯乱を繰り返すローリーの姿を目の当たりにし、僕は激しい衝撃を受けた。
 ――彼を救えなかった。
 いいや。救おうとなどしなかった。僕は彼を見捨てたんだ。
 助けを求めてきた彼を――。
 僕の両親が亡くなったのは、その二ヵ月後のことだった。天罰が下ったのかもしれない。

 以来、ローリーは毎日あの歌を口ずさんでいる。
 なんの歌なのかと訊いてみたこともあった。そのとき彼はこう答えた。
『みんなを救ってくれる歌さ』――と。
 全ての人々を救いたいと願い、壊れた友人は歌うのだ。昨日も、今日も、明日もきっと。



 もう何度足を運んだかわからない馴染みの店だというのに、別空間へ迷い込んでしまったかのような違和感を、僕は感じていた。
 見慣れたカウンター。見慣れたテーブル。
 いつもと違うのは光。窓から差し込んでくる太陽光が、店内を明るく照らしていた。
 昼下がりの石造り亭。まだ開店はしていない。ローリーが特別に、中へ入れてくれたのだ。
 ローリーは歌いながら、カウンター奥の棚からカップを取り出している。いつも口ずさんでいる『あの歌』だ。同じフレーズだけを繰り返し歌っているようだった。歌詞の意味はなんなのだろう。
 考えをめぐらせていると、カウンター上に、ローリーの手で二つのカップが置かれた。ふわりとコーヒーの芳しい香りが漂ってくる。
「お酒以外も置いてあったんだね。注文はできるのかい?」
「できるよ。お水でも羊乳でも、なんでも注文して。あれば持ってくるから」
 優美に笑って、ローリーは僕の隣へ腰かけた。彼と並んで座るのは、大学で一緒に講義を受けていたころ以来だ。懐かしさに、思わず頬がゆるむ。
「ローリー。相談したいことなんだけれど」
 カップのコーヒーを半分ほど飲み、話を切り出す。
 今日、ここを訪れたのは、彼に教わりたいことがあったからだ。
 僕はポケットから二枚の封書を取り出した。
「この前、フィオレンティーノ伯爵から依頼があってね。仕事をこなした後、報酬の他にパーティの招待状をもらったんだ。それで、どうしたらいいものかと」
 パーティというイベントに僕は参加したことがない。失態をやらかす可能性もあるし、本音を言えば、貴族の社交場になど出向きたくはない。しかし、断っていいものかどうか不安になり、相談を持ちかけたというわけだ。
 ローリーは公爵家の流れを汲む貴族の家庭で育ったと、前に聞いたことがある。パーティの作法についても、少なからず知っているはずだ。
「これは……」
 招待状に目を通したローリーは、なぜか真剣な表情で紙面を再確認していた。この催しについて、なにか思うところがあるのだろうか。
「ねえ、ディノ。これ、誰と一緒に行くの? クレール?」
「いいや」
 招待状を手にしたとき、真っ先に誘ったのがクレールだった。けれど彼女は「その日は先約がある」と残念そうに言っていた。ロミーナ姉さんもクレールと一緒に出かけてしまうそうで、来てもらうことはできそうになかった。
「当てはあるの?」
「いやさっぱり。まあいいさ。一人で行って挨拶だけしてくれば」
「考え直してディノ。どうして招待状が二枚あると思う? これはね、パートナーを連れて来いって意味なのさ。一人で行ったら笑われちゃうよ」
 ……なるほど。確かにそういう意味なら二枚渡されたのにも納得がいく。
 だけど、どうしようか。クレールか姉さんに頼めないなら、本当にお手上げだ。他に親しい女性はいないし、欠席するのも失礼だし……。
 一人で思案にふけっていると、突然ローリーが自信満々の笑みを浮かべて立ち上がった。
「ディノに恥をかかせるわけにはいかないね。パーティまでに人の手配をしておくよ。任せて」
 トントンと自分の胸を叩きながらローリーが言った。
 今日の彼はなんだか頼もしく見える。自力で解決するのも難しいし、ここは素直に甘えておこう。
「ありがとう。頼むよ」
 そう言って、ローリーの申し出を受けることにした。
 その時点では、それが最良の選択に思えたのだ。だけど……。



 ――パーティ当日。
 ローリーの家で、僕は黒の燕尾服と真っ白いシャツに着替えさせられていた。白い蝶ネクタイなども着けられている。ローリーのウエイター服に近い感じだが、微妙な差があるらしい。
 時刻は午後三時。パーティの開始まで、まだ余裕がある。
「服はそれが無難だね。じゃあ、ちょっとそこで待っててよ」
 僕を客室に残し、ローリーは家の奥へと歩いていった。手配すると言っていたその人を呼ぶつもりなのだろう。
 彼が戻ってくるまで少し時間がある。僕は部屋の中を見回した。
 この家に入ったのは初めてではない。彼が薬物中毒で苦しんでいたときは、よく見舞いに来た記憶がある。
 公爵家の流れを汲む家系だというから、どんな高級住宅に住んでいるのだろうと、出会ったばかりの頃は思っていたけれど。家具も広さも、僕の家とそう大差はない。まあ、三人暮らしだそうなので、あまり広くてもかえって不便なのだろう。
 ローリーの養親は公爵家直系ではなく、そう大した権力を持っていないのだとずっと前に聞いたことがある。この家に経済的余裕は、それほどないのかもしれない。
 いろいろ考えをめぐらせていると、この部屋へ向かってくる足音が聞こえた。ローリーが戻ってきたのだろうか。
「ローリー。そろそろ時間――」
 思わず言葉が途切れた。
 長い銀髪をなびかせて、妖しく微笑みながらその人は現れた。ほのかに漂う香水の甘いかおりが鼻腔をくすぐった。
 その身にまとうのは、ワインレッド一色で統一されたビスチェタイプのドレス。胸全体を覆い隠すように大きなリボンがあしらわれ、愛らしさを演出していた。
 スカート部分には柔らかな薄地の素材が重ねられ、グラデーションを作っている。うっすらと見える細い脚線が美しさを際立たせていた。
 完璧なまでに整った顔立ちは、派手な化粧で飾り立てることを必要としない。唇の表面に薄く塗られただけの紅が、元々の美しさを損なわせることなく、瑞々しい口元をより一層引き立たせている。
 ――綺麗だ。
 あまりの見目麗しさに心を奪われ、僕はしばらくの間、呼吸をすることすら忘れてしまっていた。
 世界中から国で一番の美しい女性たちを集めたとしても、到底太刀打ちできないだろう。そう断定してしまえるくらいに、他の人たちとは美の次元が違う。
 こんなにも艶やかな女性を、僕は見たことがない。
 こんなにも艶やかな男性なら、一人だけ知っているけれど。
 つまりは、そう。この人は……。
「……ローリー?」
 名前を呼ぶと、『その人』は嬉しそうにうなずいた。
 ――目まいがした。彼がこの格好で登場したということは、つまり……。
「ディノ。これどうかな。似合うかな」
「綺麗だよ」と、目の前にいるのがクレールだったらそう言うだろうけど。
 相手がローリーでは、どう批評していいものか。
「……君、パーティに参加するつもりかい?」
「うん。ストレートのカツラにしてみたんだけど、ロールしてるやつの方が良かったかな」
 ローリーは銀色の髪に、細くて長い指を絡ませた。
「人の手配をするって……」
「お店を留守にできないからね」
 そう言い、屈託のない笑顔を見せる。
 ……そうか。そういうことか。彼は最初からそのつもりで……。
「大丈夫! 僕がついていくからには、ディノが恥をかくようなこと、絶対させないから!」
 胸の前で腕を組み、堂々と立ち尽くすローリー。
 恥をかかせないと言ってはくれたものの、もう今の時点でかなり恥ずかしい。なんだか先行きが不安になってきた。
「女装してなくたって女の子と間違えられるんだから、どうせ誰にもバレたりしないよ」
 言いながら、ローリーは肩で風を切って歩く。
 …………不安だ。
 ローリーを男らしいと感じたことはないが、改めてよく見ると動きは男性そのものだ。体の構造的に女性らしい動きは難しいのだろう。これではさすがにごまかせそうもない。
「ディノ。置いてっちゃうよ」
 手を引っ張られ、有無を言わさず外へと連れ出される。ローリーは、始終楽しそうに笑っていた。


 門をくぐり、石畳の庭を越え、長い廊下を抜けてパーティ会場へとたどり着いた僕は、まずフィオレンティーノ伯爵に挨拶した。
「ディノ君。よく来てくれたね。礼服、なかなか似合っているよ。君のお父さんが若かったころとそっくりだ」
「ありがとうございます」
 伯爵と別れ、待たせてあったローリーと合流した僕は、改めて周囲を観察した。
 そこは広いダンスホールだった。真っ白い壁や柱。高い天井。ステンドグラスシャンデリア。並べられた丸テーブルと、その上に載せられた色とりどりのお酒や料理。そこにあるもの全てが高級感を漂わせている。
 空気の匂いも違っていた。鼻が曲がるくらい強烈な香水の匂いが漂ってくる。僕は学生時代にローリーが言っていたことを思い出した。
『貴族の中にはね、お風呂に入らない人もいるんだ。お風呂に入ると余計に体が汚れるって思ってるらしくてね。そういう人たちは大量の香水で体の臭いをごまかすんだよ』
 確かそんな話だった。当時は「まさか」と思ったけれど、あれは本当だったのかもしれない。
 知っている風景と代わり映えしないものは、石造りの床や壁くらい。他は見るもの全てが新鮮だ。装飾も料理も。そして、今日のパートナーも……。
 ビスチェドレスを身にまとう傍らのローリーは、落ち着いた面持ちで佇んでいる。いろんなものに目移りしてばかりの僕とは対照的だ。
「凄いものだね。貴族階級の暮らしぶりは」
 そう話しかけると、静かな微笑みを浮かべてローリーは首を横に振った。
「今だけさ。貴族の栄華は。じきに財産を食らい尽くしてみんな夢から覚める」
 つぶやくローリーの横顔はどこか寂しげだった。僕の真横を、品のいい老夫婦が楽しそうに談笑しながら通り過ぎていく。彼らの幸せも、時代の終わりと共に消えてなくなってしまうのだろうか。
 感傷を覚えかけたそのとき、ローリーがすっと身を乗り出し視界を独占した。
「さ。僕たちも楽しもうか。今、ひとときの夢を」
「とてもそんな気分にはなれないよ」
「そうだ。飲み物取ってくるね」
 ローリーが飲み物をもらいにいった丸テーブルの向こう側。巡回中だろうか、黒いケピ帽を身につけた軍服姿の男が歩いていた。
 ――まただ。あの軍人だけじゃない。庭を通ったときも、廊下を歩いたときも、何人か軍人や憲兵の姿を見かけた。中には短剣付きの小銃を手にしていた人まで。
「パーティって、いつもこんなに警備が厳重なのかな」
 戻ってきたローリーからワイングラスを受け取りつつ質問してみる。
「どうだろ。ちょっと物々しすぎる感じはするけど」
 ローリーにもよくわからないようだ。一体何なのだろう。
 それからしばらくして、ホール内に落ち着いた雰囲気の曲が流れ始めた。ホールの真ん中辺りで、男女がペアになって踊り出す。見ているだけの人もいるけれど。
 ダンスのことなどよくわからない僕は、輪に参加せず様子をうかがい――。
 ――ふと隣を見ると、ローリーが玩具を目の前にした子供のように瞳を輝かせていた。
 身の危険を感じ、すぐにその場から逃げ出そうとした。しかし、ローリーの柔らかい手が、すでに僕を捕まえていて……。
「ディノ! 踊ろうよ!」
 まぶしい笑顔でローリーが言った。相変わらず彼の考えていることはよくわからない。
「僕は見てるよ。遠くから」
「この円舞曲はね、みんなが踊りを楽しむためにあるんだよ。見る人を楽しませるためじゃなく、ね」
 引っ張られてホールの中央まで連れ出される。見渡すと、男女が手を取り合って体を密接させ回りながら踊っていた。
「大丈夫。基本のワルツだから」
 仕方なく周りの人に習い、腰に腕を回して体を寄せる。女性以上にしなやかな彼の細腰は、少しでも力の加減を間違えたら簡単に折れてしまいそうだ。
「ごめんね。女の子じゃなくて。まあこれも経験だよディノ」
 息がかかるくらい間近に、絶世の美貌をたたえたローリーの顔がある。
 僕は……。

 A 逃げる
 B 走って逃げる
 C 一目散に逃げる
 D 思い切って口説く
 E 脱兎の如く逃げる
 F 逃げるが勝ち
 G とにかく逃げる

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