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2章『剣と雷と』

~ディノ・ガレル~

「ディノ……。こら! ディノ!」
 読んでいた厚い書籍を取り上げられ、僕は面食らった。毛布を持ち上げ、体を起こす。
 ここ、僕の寝室において、安息を妨げる人物は二人しかいない。
 一人は、この家で二年もの時を共に過ごしてきた女性、クレール。
 そしてもう一人。今、僕の目の前で頬を膨らませている少女。ロミーナ姉さんだ。
 赤い剣の力により、姉さんの人生は、その半分以上がなかったことにされた。記憶も体も、子供に戻ってしまっていた。
 姉さんの時間を奪った赤の魔剣。今はベッドの枕元に置かれている。僕がここまで持ってきたわけではない。いつの間にかあったのだ。
 僕がどこへ行っても、この赤い剣はすぐ近くにあった。仕事場へ行けば仕事机の上に。コーヒーハウスへ行けばテーブルの上に。繁華街を歩けば道の端に。ふと気がつくと、いつでも傍に置いてある。見えるのは僕だけらしく、どこに剣があったとしても、周囲の人がそれを気にかけることはない。
 姉さんの命を救ったあの一件以来、僕はこの剣に一度も触っていない。これのおかげで助かったとはいえ、得体の知れない物に関わりたいとは思わなかった。
 とはいえ、無視し続けるのも不安だ。だから、この剣に関する情報がないか調べようと思い、本を読んでいたのだけれど。
 ……まいった。
 ロミーナ姉さんは、僕に相手をされなかったことが気に入らないらしい。大人のころは、あんなに素直だったのに。
「姉さん。調べたいことがあるんだ。返してくれないかな」
「嫌。ディノ、大人になって冷たくなったんじゃない? お姉ちゃん、あなたをそんな子に育てた覚えはありませんよ」
 いや。姉さんに育てられた覚えはない。叩かれたり命令されたりした記憶ならある。むしろ、そんな思い出しかない。
 僕が姉さんの世話をすることならあるけれど、その逆はない。幼少のころから、食器の後片付けも果物の皮むきも全て僕にやらせてきた人だ。はっきり言って僕が育ててきたようなものだ。
 ロミーナ姉さんは法律上、僕の妹ということになっている。他国と比べて文明が進んでいるとはいえ、この国もまだ発展途上。戸籍の管理も割といい加減で、公的文書の専門家である僕なら家族構成をごまかすことくらい簡単にできる。
「大切な本なんだ」
 優しく諭すように、再度呼びかける。わがままな人ではあるが、全く話の通じない相手でもない……はずだ。
 姉さんは僕の隣に腰かけ、本のページを何枚かめくった。
「字が難しくて読めない。なんの本?」
「変異の病に関する本だよ。大学時代の友人が書いたものでね、前に読んでみたいっていう手紙を出したら、わざわざ送ってくれたんだ」
「ふぅん。その人、頭いいの?」
「天才だよ、彼は」
 本の著者。ロンブローゾ・ディーニ。
 彼は変わり者だった。異形成腫活化病に強い関心を示し、様々な場所を出歩いて情報を集めていた。僕以外で唯一ローリーと親しかった人物でもある。
 今頃どうしているのだろう。手紙の返事が来るので、とりあえず生きてはいるようだが。
「ディノ。どっか連れてって」
 本をベッドの枕元に投げ出し、唐突に姉さんが切り出す。
「どこかって、行きたい場所でもあるのかい?」
「ないけどさ、つまんないんだもん。一人じゃお店にだって行けないし。夜は出歩くなとか、人通りの少ない場所へは行くなとか、ディノがうるさいし」
 現皇帝が治安強化に努めただけあって帝都の治安は良い。なので神経質になる必要はないけれど油断はできない。
 アムルパーレは、誰も彼もが顔見知りの田舎町とは違う。『他人』ばかりが集まる都会の街だ。用心したくもなる。
 ただ、姉さんの言い分もわかる。このところ仕事が忙しく、日中に姉さんと話をすることはほとんどなかった。だから夜毎、こうして僕の安眠妨害をしにやってくる。
「わかった。じゃあ、明日は仕事を早めに切り上げて、街を案内するよ。人形劇でも見て、それから音楽でも聴きに行こうか」
「人形劇? どんなの? 見たい」
「なかなか面白いよ。自動で動く模型なんかもある」
「本当に? ああもう楽しみ! ディノ。絶対約束だからね!」
 ――そのとき、部屋の外から物音が聞こえた。
 姉さんも気づいたらしく、体を一瞬こわばらせた。
 正確な時刻はわからないけれど、外が暗くなってから結構な時間が経っている。こんな夜中に、来客などまずありえない。あるとしたら――。
「ねえディノ。いないの? もう寝ちゃったの?」
 部屋の外から大人びた女性の声が響いてきた。
 ノックもなく扉が開け放たれる。
「あ……」
 扉の外にいた女性が、こちらを見て声を漏らした。
 子供と見間違えてしまいそうなほどに小柄な若い女性だった。
 小さな身長。小さな骨格。引き締まった体躯。髪はショート。ウェーブもなければカールもない。身に着けているのは皮のジャケットと黒のシャツ、黒のタイトミニスカート。それと腰のベルトだけ。飾り気はなく、重厚さもない。
 不要な部分全てをそぎ落としたかのように、彼女は機能的で無駄がない。……いいや、一つだけ必要でない部分もあった。
 彼女の下まぶたにある大きなクマ。シワやたるみでそう見えているのではなく、その部分が黒っぽく変色している状態だ。血色の関係でそう見えているのだろう。刻まれた黒が目元を際立たせており、個性的な愛らしさをかもし出している。
クレール
 僕は、彼女の名前を呼んだ。
 クレールは黙ったまま僕と姉さんの顔を見比べている。知らない間に人が増えていたのだから驚くのは当たり前か。
 一方ロミーナ姉さんも突然の来訪者に面食らっているのか、ぽかんと口を半開きにしたままクレールを見上げている。
「えっと……説明させてくれないか」
 姉さんとクレール。双方に向けて言った。
「……聞く」
 硬い表情でクレールが返答する。ロミーナ姉さんは小さく首を傾げた後、こくんとうなずいてみせた。

 ――その晩。僕は姉さんとクレールにこれまでのことを話して聞かせた。理解してもらえたかどうかはわからないが……。


 昔の代書屋は屋台を引いて営業活動をしていたらしい。当時からこの肩書きを持つ者はそれなりの収入を得ていたそうだ。
 あるとき有事税制一般税制に切り替わったことで、代書屋の需要はさらに増した。そのため今では、事務所を構え客を待つ商売に変わったのだという。
 僕の場合、この家が事務所代わりだ。仕事部屋には、仕事机のほかに来客用のテーブルと長イスがある。今日もここで僕は働いている。
 請けたばかりの仕事を片づけていると、玄関の扉がノックされた。依頼だろうか。
 書きかけの文書を机に残し、玄関先へと向かう。扉を開けると、陽光を反射して美しくきらめく銀色の髪が目の前にあった。
「なんだ。ローリーじゃないか」
「ディノ。お疲れさま」
 ローリーは手にしていた厚い封筒を右手に持ち替え、左手で小さな包みを差し出してきた。
「これ、クッキー焼いてきたから。よかったら食べて」
「ありがとう」
 訪ねてきた友人を迎え入れる。来客用のイスへ座ってもらい、テーブルを挟んで反対側に僕は腰かけた。
 奥の部屋から一瞬だけロミーナ姉さんが顔を出し、またすぐに引っ込んだ。来客の顔を確かめたかったのだろう。
「どうしたんだい? 君の方から来てくれるなんて珍しい」
「依頼があるのさ。年度の会計報告に関する書類なんだけど……」
 ローリーは封筒の中から紙の束を取り出した。元帳損益計算書など、決算報告に必要な書類だ。彼が自力で作成したものだろう。綺麗な字で記帳されている。
「わかる範囲で書いておいたんだ。ディノ、計算が得意だったよね。間違ってないか見てもらえないかな」
「ああ。目を通して僕の方から提出しておくよ」
「料金はいくらになるの?」
「いらないよ。君が書いたものだからね」
「やった。ありがとうディノ。今度店に来たとき、うんとサービスするよ」
 書類の内容を確認していると、奥の部屋からロミーナ姉さんが再び顔を出した。手にはトレー。ティーカップが二つ載せられている。お茶を淹れてきてくれたらしい。
「ローリーさん。お茶をどうぞ」
 姉さんの言葉遣いは丁寧だ。僕とクレール以外の人にはいつもそう。来客時には、こうやってお茶を用意してくれることもある。
「ありがとう」
 お礼を述べながら、ローリーはロミーナ姉さんの顔を凝視し始めた。見詰め合う二人。数秒後、気圧された姉さんは「うっ」とうめいて、部屋から逃げ出した。
「やっぱり兄妹だね。ディノによく似てる」
 ローリーは上機嫌な笑顔で言った。彼の店で働いていたロミーナ姉さんと同一人物だと気づいている様子はない。ほっと小さく息をつき、計算書の確認をする。
 彼が持ってきた書類に不備はほとんどなかった。計算書が足りていないという大きな問題を除いては。
「これ、何枚か足りないよ。先月より前の売り上げのところなんだけど」
「そっか。ごめん。急ぎじゃないし、また今度届けに来るよ」
「店まで僕が取りに行くよ。先に官公庁へ行ってもいいかな。夕方までしか開いてないから」
「うん。じゃあ、お店で待ってる」
 部屋の外から様子をうかがっていたロミーナ姉さんに「行ってくる」と言い、僕はローリーと並んで家を出た。


「自分は死ぬべきだったって、姉さんが言ったんだ……」
 石造り亭へと向かう道の途中。ロミーナ姉さんの話題が出てきたとき、僕はうっかり口を滑らせてしまっていた。姉さんが変異したことはまだ話していない。それでも、失言だった。
 ローリーには不思議な魔力がある。一緒にいると、ついなんでも言いたくなってしまう。
 クレールには話せない悩み事なども、打ち明けてしまうことが多々ある。彼に隠しているのは、姉さんが若返ったことも含め、今のところ赤い剣に関する話だけだ。
「そうなんだ」
 僕の話に、ローリーは驚いた顔を見せなかった。少し意外な感じがした。彼は姉さんのなにを知っていたのだろう。
「ああ。死んだ方がいいなんてこと、あるはずないのに……」
 そう。良いはずがない。だから僕は――。
「どうして」
 ずっと相づちを打つだけだったローリーが、ぽつりとつぶやいた。いつになく真剣な彼の眼差しに、背筋が寒くなる。
「どうして死んじゃいけないのかな」
 ――しまった。と、気づいたときにはもう遅い。かつて服毒自殺を図った彼の前で、生き死にの話題は出すべきじゃなかった。
 三年前。あの事件の直後、彼が僕にした質問と同じだ。
 彼は探し続けている。求め続けている。自分が生きる意味を。劇薬に脳を侵されたあの日からずっと。
「ねえディノ。昔、同じ質問をしたよね。あのときは答えてもらえなかったけど、今回は教えてくれないかな」
 なぜ死んではならないのか。その答えを僕は知らない。
 けれど、ローリーはきっと、僕がなにか言うまで諦めてはくれないだろう。
 考える。彼が納得してくれる、適当な回答を。
「誰かが悲しむから――」
「それは違う」
 僕が言い切る前に、ローリーはきっぱりとそれを否定した。
「違うんだディノ。それは僕の欲しい答えじゃない」
 普段となんら変わらない静かで優しい彼の声。でもどこか、ほんのわずか興奮しているようにも聞こえた。
「言ってもらいたいのさ。生きなくてもいいんだよって。頑張って生きる必要はどこにもないんだよって。ほかの誰かじゃ駄目。キミの口からその言葉を聞きたいんだ」
 ――誤解していた。彼が求めていたのは赦し。生きる意味などではなかった。
「僕がそれを言ったら。ローリー、君はどうするんだい?」
「……わからない。安心して生き続けるのかもしれないし、安心して死を受け入れるのかもしれない」
「わからないのか……。それは困る」
「言ってごらんよディノ。そうすれば答えは出るから」
 それは甘美なささやきだった。思わず応えてしまいそうになる。
 けれど僕は言わなかった。代わりに、別の答えを出した。
「もし、僕の言葉で君が死を選ぶようなことがあったら、僕は一生後悔し続けるだろう。だから言わない」
 その答えが意外だったのか、ローリーは呆けた表情で僕を見つめた。それから困ったように笑い、短くため息をついた。
「……それもそうだね。ごめんディノ。僕、自分のことしか考えてなかった」
 ――これでいい。彼は優しいから。今日だけはその優しさに付け込ませてもらおう。
 会話が途切れるのを見計らったかのように、遠くから音楽が聞こえてきた。
 なにかの弦楽器……多分、バイオリンだ。音楽のことはよくわからないけれど、バイオリンを演奏するには複雑な技巧が要求されると聞いたことがある。よどみなくつむがれる旋律から察するに、それなりの技量を持つ人が演奏しているようだ。
「音楽はいいよね。ガルネリウスかな?」
 よくわからない単語をつぶやいて、ローリーがふらふらとバイオリンの音に引き寄せられていく。僕はあわててその後を追った。


 数十本もの鉄の棒を組み合わせて造られた頑丈そうな門。その向こうにある広い庭の中央で、一人の女性がバイオリンを奏でていた。
 少しの間観ていると、向こうもこちらに気づいて演奏の手を止めた。バイオリンの女性は門のそばまでやってきて首を傾げた。
「あの……なにかご用ですか?」
 フリルがたくさん付いた純白のドレスを身にまとい、物珍しそうな顔でこちらを見ている。
 いかにもお嬢様といった風な容貌。やわらかくウェーブした髪は腰の辺りまで伸びている。若干幼さを残してはいるものの、背丈などから推察される年齢は二十歳前後といったところか。
 堅い門に守られているからか、世間知らずなだけなのか。こちらを警戒しているような素振りは全く見て取れない。大声で人を呼ばれるようなことがなくて、少しだけほっとした。
 先を行っていたはずのローリーは、いつの間にか僕の後ろに隠れていた。人からはよく誤解されるらしいけれど、彼は人見知りの激しいタイプなのだ。でも、自分から突っ込んでおいて人を盾にするのはできればやめてほしい。
「いや。用とかじゃないんだ。きれいな音色だったからつい」
「まあ……!」
 女性の表情がぱあっと明るくなった。門に激突しそうなくらいの勢いでこちらに急接近してくる。
「人から演奏を褒められたのは生まれて初めてです。父や講師はなじることしか言いませんから……」
 明るい表情が、話しながら次第に暗くなっていく。それではいけないと思ったのか、バイオリンの女性は顔を上げて元気なスマイルを作った。
「私、オルネラといいます」
「僕はディノ。代書屋をやってる。後ろにいるのがローリー」
「ローリーさん? 変わったお名前ですね」
 変わっているというか、『ローリー』はただの愛称であって本名じゃない。普通の人なら察しそうなものだが、彼女はきっと愛称で人を呼ばないような環境で育ったのだろう。
「これからもう少し練習するつもりですが、よかったら聞いていってください。その方が私も楽しいですから」
 こちらの返事も待たず、オルネラはバイオリンをあごに挟んで演奏を再開した。
 なんとなくその場を離れにくい雰囲気だ。思わず乾いた笑いがもれる。官公署が開いている間に全ての用事を片付けられるか心配だ。
 オルネラの意識がバイオリンに集中しているのを感じ取ったのだろう。隠れていたはずのローリーがいつの間にか隣に立っていた。瞳を閉じて、オルネラの演奏に深く感じ入っている様子だ。
「貴族のご令嬢か。上流階級に属する人は趣味も上品なんだね」
「習わされるのさ。御家の指示で」
 くるくると人差し指を回しながらローリーが言った。
「ああしていろんな芸を仕込むことで、上流貴族の気を引こうってことだよ。格式の高い家との縁談が成立するようにね」
「結婚は……家と家がするものなのかい?」
 僕が訊くと、ローリーはくすくす笑って首を横に振った。
「誤解が生まれるのさ。貴族なんかやってるとね。人よりも家が大事になる。思いやりよりもお金が大事になる」
 ローリーは遠くを見た。その瞳がふっと悲しみの色に染まった。
「罪深い貴族たち。欲望に心奪われ、イモータルにまで……」
「イモータル……」
 その言葉には聞き覚えがある。確か……大学でロンブローゾが言っていた。
 イモータル。不老不死への道。見放された者。銀の家系。そして……。
「あ。それよりホラ。せっかく演奏してくれてるんだからおとなしく聴こうよ」
 ローリーに言われて思考を中断する。
 ……そうだ。貴族社会や見放された者については僕が考えなくてもいいことだ。いつかロンブローゾ辺りが全てを解き明かしてくれるだろう。
 バイオリンの美しい音色が辺りに広がっていく。紡がれる旋律に心を遊ばせ、僕たちはしばらく時間を忘れた。


 奏者一名、観客二人だけの演奏会が終わり、どうにか仕事も片付けて帰ってこられたのは日が落ちてからのことだった。
 有り合わせの食材で手早く料理を作り、遅めの夕食をとる。一応三人分の量を用意したけれど、その日食卓に着いたのは僕とロミーナ姉さんの二人だけだった。
 帰りが遅かったと大怒りのロミーナ姉さんを寝かしつけ、自分の寝室にやってくる。姉さんの愚痴に付き合わされたせいで、精神的にも肉体的にも疲れきってしまった。
 ……今夜は早めに休もう。クレールがどこかへ行ってしまっているようだけれど、それはいつものこと。また気が向いたときに帰ってくるだろう。
 ランプの明かりを落としてベッドに潜り込む。目を閉じてしばらくが経ち、うとうとと眠りに入りかけたそのとき、睡眠を妨げる不快な音が家の外から聞こえてきた。
 ……バイオリンの音だろうか。力任せに弦を引っかいたような『ぎぃー』という音。一度だけかと思っていたら、少しして二度三度と立て続けに鳴り響いてきた。
 ぎぃー。
 ぎぃー。
 ぎぃー。
 ぎぃー。
 耳障りな不協和音が何度も響いてくる。こんな夜中にがバイオリンを弾いているのだろうか。昼間出会った貴族令嬢の姿を思い出しかけるが、彼女の奏でるそれとはあまりにも違いすぎる。
 …………まあいい。すぐに見回りの提灯持ちらが注意してくれるだろう。
 無理やりに目を閉じて、僕は再び眠気が起こるのを待った……。



 ――窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。朝になったようだ。僕は隣の寝室にいるロミーナ姉さんを起こさないよう、そっと玄関へ移動した。
 備蓄用の食材をあらかた使ってしまったから、その分を買足しに行かなければならない。身支度もそこそこに市場へと向かう。
 その途中。ふと虫の知らせを覚えて、ローリーの店の前を通ることにした。なぜだかそこを通らなければならないような気がしたのだ。
 ――歌声は聞こえてこない。毎日笑顔で僕を迎えてくれた彼の姿が、なぜか今日は見られなかった。
 その代わりに、軍服を着た十数名の憲兵が大衆酒場を取り囲んでいた。なにかあったのだろうか。
 ローリーのことが心配になり、近くまで行って様子をうかがう。すると、憲兵の一人が立ちふさがるように僕の前へとやってきた。……エルメルだった。
「エルメル。なにがあった」
 尋ねると、エルメルは決まりが悪そうに周囲へ視線を走らせ、腹話術でもするように小さく口を開いた。
「……消えちまいやがった。ローリーの奴」
 押し殺した声でエルメルが言った。予想もしなかった回答に、頭の中が白く染まる。
 消えた……? ローリーが消えた!?
「待ってくれエルメル。消えたってどういうことだ。第一、どうして君がここにいる。まさか見放された者が関わって……」
 矢継ぎ早に繰り出した質問を、エルメルは首を振ってかわした。
「勘弁しろよ。俺らが出張ってきたのは、単にお上の指示さ。お前も知ってるだろ。あいつは……ローリーは公爵家の跡取り息子だからな」
「どうしてローリーが消える。なにか見た人はいないのか」
「目撃者はなし。見回りの連中にも聞いて回ったが、怪しい奴は知らねえって話だ」
「誰かに口止めされてる可能性は」
「俺もそう思ってな。いくらか金を渡した上で聞いてみたんだが……やっぱ何も見ていないらしい」
 彼が自分から姿を消す理由は思い当たらない。確かにローリーはちょっと変わった性格だったけれど、仕事だけは毎日まじめにこなしていた。気まぐれで行方不明になったりはしないだろう。
 まさか誘拐されたのか!? それともなにか事件に巻き込まれて……。
 憲兵の誰かがエルメルを呼んだ。エルメルは「なんかわかったら連絡する」と言い残して僕の前から去った。


 ――そして。
 ローリーが失踪してから半年の月日が流れた。
 僕は彼が石造り亭に帰ってくるのを待ち続けた。
 事件の後。ここアムルパーレの街で、ローリーの姿を見た人は誰もいないという……。


 BAD END

 ※読み進めるためのヒント。ここではある人物の行動によってローリーの失踪を回避することができます。視点を切り替え、再度ディノの視点に戻ってくることで先の展開へ進むことができます。


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