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~クレール・ラナ~

 彼があたしの名を呼んだ。
 ――ディノ。代書屋。
 彼に会うのは四十日ぶりだ。ちょっと見ない間に、少し明るくなったような感じがする。
 切れ長の瞳からは、優しくて強い光があふれている。それは野生とは正反対の力強さ。人間だけが持つ人間らしい輝き。
 それと、傍にいる少女。身長はあたしより上。ディノと同じ切れ長の目。幼い顔立ち。薄い胸。
 ――誰?
「ねえ、ディノ。この子は?」
「ねえ、ディノ。この子は?」
 あたしと少女の声が、ぴったり重なった。
 ディノは謎の彼女を手で制し、あたしの方を向いた。
「妹だよ。名前はロミーナ。この前、僕が預かることになった」
 妹……。ディノに妹がいたなんて話は聞いたことがない。お姉さんの話なら、何回か耳にした記憶があるけど。
「お姉ちゃん、の間違いでしょ!」
 ディノを押しのけながら、少女があたしの前に立った。
 頭の中が疑問符でいっぱいになる。確かに姉がいる……とは聞いてたけど、小さすぎるような。小柄な大人とは違う。顔や体つきなんかが明らかに幼い。
「ディノ。あの子誰なの? ねえ教えて」
 自称お姉さんは、ディノの腕を引っ張りながらあたしの正体を尋ねている。
 ……『あの子』呼ばわり。これでも一応、ディノより年上なんだけど。
 まあわからないでもない。背は低いし、体の曲線少ないし、あんまり愛嬌もないし……やめよう。考えたら悲しくなってきた。
 ディノはこっちと少女を見比べながら、話しにくそうに眉をひそめている。あたしは救いの手を差し伸べてあげることにした。
「ねえ、お嬢ちゃん。あたし、ディノと二人で話したいの。だから、ちょっとだけ外して。お願い」
「姉さん。僕も彼女に話がある。先に部屋で休んでてもらえないかな」
 少女は不満そうに口を尖らせた。それでも、二人がかりでは敵わないと思ったのか、おとなしく寝室を出て行ってくれた。
 彼女がいなくなると、ディノは軽くため息をつき、ほっとしたような笑顔を見せた。
「突然で悪いんだけど、今日からあの子と一緒のベッドを使ってもらいたいんだ」
「あんたと一緒じゃ駄目なの?」
「難しい年頃でね。僕と同じベッドは嫌がるんだ。今度新しいベッドを用意するから、それまでお願いできないかな」
「それはいいんだけどさ」
 寝る場所なんかは些細なこと。一案肝心なことをまだ教えてもらってない。
「あの子誰なの。妹だなんて嘘よね」
「よくわかったね。本当は姉さんなんだ」
「……なんか想像してたよりも小さいのね」
「すぐ僕より大きくなるよ。今が成長期だから」
「歳いくつよ、あんたら」
 要領を得ないというか、話が噛み合ってないというか。今日のディノは変だ。ローリーあたりに感化されすぎちゃったんじゃないかと、少し心配になる。
「今まで、どうしてたんだい?」
「……それは」
 飛んできた質問に口ごもった。簡単に言えるはずがない。人を殺してた、だなんて。
「ちょっと仕事を探してたのよ。遠くの街まで」
「それで、どうだった?」
「うん、見つかった。情報誌の記者なんだけどね。ディノが読み書きを教えてくれたからよ。本当にありがと」
「よく頑張ったね。おめでとう。クレール」
 ディノはあまり嬉しくなさそうに小さく笑った。
「なによ。もっと喜んでくれてもいいじゃない」
「君と一緒にいられる時間が減ってしまうのを考えると、素直には喜べないよ」
「はいはい。ディノは寂しがり屋だもんね」
 気取られないよう言い放ち、そっぽを向く。
 この国に住む男はみんなそう。女好き。相手が女なら誰にでも賛辞を送る。
 ある人は情熱的に。ある人は上品に。ある人は俗っぽく。ある人は冗談交じりに。
 そうやって、女を口説いてばかりいる。外国からやってくる女性なんかは、まずナンパの多さに驚くらしい。
 この国での女遊びは挨拶みたいなものだ。だから、ディノが褒め称えてくれたからって、気があるわけではない。……と思う。
 ディノとの同棲生活はもう二年になる。一緒の家で生活して、よく談笑する。それ以上の関係じゃない。……一度だけ、一線を越えようとしたことがある。でも、そのときのことはあまり思い出したくない。
「心配しなくても、しばらくは帝都で生活することになると思うわ。仕事はレポート書いて送るだけだし」
 取材対象が異形成腫活化病なんていうことは黙っておこう。危ないからと反対されるのは目に見えてる。
「むしろ、あたしなんかがいてもいいの? せっかくお姉さんと再会できたんでしょ」
「当たり前じゃないか。君にはずっと――」
 ディノの言葉を邪魔するかのように……実際、邪魔する意図があったのかもしれない。部屋の外からかすかに音が聞こえた。わずかに開いた扉の隙間から、小さな気配がこちらの様子をうかがっている。
「ロミーナ……だっけ。もう話し終わったから、入ってもいいわよ」
 遠慮がちにロミーナが入ってくる。ディノのほうへ向かうかと思っていたのに、なぜかあたしの前で立ち止まって口を開いた。
「……よろしく」
「ええ。よろしくね」
 おずおずと差し出された手をしっかりと握り返す。改めてこの家の一員になれた気がして少し嬉しかった。



 ――帝都アムルパーレ。
 レンガと石で造られた繁華街は今日も賑やかだ。ある人は雑談に興じ、またある人は人形劇に目を奪われている。路上に野菜を積み上げて売りさばいてる人もいる。いつもの風景。いつもの喧騒。そして――。
 聞こえてくる綺麗な歌声。あの子のものだ。大衆酒場の店先で重そうな木箱をふらふら運びながら、ローリーはいつものように歌っていた。
 彼のことはよく知らない。ディノの友人で、元大学生。それ以外のことはなにも。大学に通うお金があるくらいだから、裕福な家庭で生まれ育ったんだと思う。
「ローリー。お疲れ様」
 条件反射なのか何なのか。とりあえず笑うがあるらしい。ローリーはこちらに顔を向けながら微笑んだ。
「え? ……あ。クレール。帰ってきてたんだ。今日も眠そうだね」
 下まぶたにクマができてるからか、こいつはあたしがいつも寝不足だと思ってるらしい。そんなことより気になるのが――。
「ローリー。今、あたしの名前呼んだ?」
「うん。ディノが教えてくれたんだ」
 ……驚いた。
 絶対に覚えてくれないと思っていたから。ディノのことも含めて。なにがこの子を変えてしまったんだろう。
「ディノの様子、どうだった?」
 変わらない表情でローリーが問いかけてくる。この子の興味はいつもそう。ディノにだけ向けられている。
「別に。普段と変わりなかったわよ。ううん、ちょっとだけ明るくなったかもしれない」
「そっか。良かった……」
 それから二言三言他愛のない話をした後、あたしはローリーと別れて歩き出そうとした。彼に背を向けた数秒後、またあの歌声が聞こえ始めた。どこの国の言葉でもない不思議な歌。
「その歌、やめたほうがいいわよ」
 振り返りざま忠告する。あたしがなぜこんなことを言うのかわからなかったのか、ローリーは目を丸くした。
「……どうして?」
「理由はないけど」
 うかつなことは言えない。ディノと違って、あたしはこの子を信用していないから。
「そもそも、その歌はなんなの? なにか意味があるの?」
「……そうだね。クレールは、あの歌声を聴いたことある? 死を招く都市の伝説を」
 ローリーが口にし始めたのは、全く関係のない話だった。はぐらかそうとしている様子は見られなかったのに。名前は覚えてもらえたけど、話の噛み合わなさは相変わらずみたいだ。
「あー。アレね。あたしも昔聴いたことあるわ」
 忘れもしない。ディノと出会う直前のこと。
 薄暗い裏路地で、あたしは最期の歌声を聞いた。もだえる、狂った女の歌を――。
 ひどい歌だった。潰れた喉から無理やり声をしぼり出しているような、そんな歌声。あの歌が死を招かなかったとしても、二度と聴きたくはない。
「ローリーは聴いたことあるの?」
「あるよ」
 ぞっとするような薄笑いを浮かべて、ローリーはきっぱりと言い切った。
「いつも聞いてる」
「……今も?」
「そう。今も。いつか聞こえなくなってしまうかと思うと、恐くてたまらない」
 ローリーの話は、なにがなんだかよくわからなかった。多分あたしにとっては意味のない話だったんだろう。訊かれたから答えたというだけで。
 あたしはこの子が怖い。見放された者に対する感覚と似ている。理解できないから怖い。ディノは怖くないんだろうか。


 ローリーに別れを告げ、再び街を練り歩く。四十日ぶりに見る帝都の街並みは、以前と寸分違わない様相で迎え入れてくれた。
 変わらない街。あたしが生まれた日からずっと。
 だからこそ、不自然な存在は嫌でも目につく。あるはずのないもの。いるはずのない人。ここにも一人――。
 ――風が吹いた。
 はためくワインレッド色のロングスカートと、なびく銀髪。両足のかかととつま先をぴったりと合わせた直立不動の姿勢で、少女は道路の脇に佇んでいた。
 ある意味ではこの街に似つかわしい異質な存在。なによりも異質なのは、七色に染まった少女の瞳。この世界に生きる人の中で、恐らくは彼女だけが持つ虹の眼だ。
 彼女もまた見放された者なのか……あるいは、それすらも超越した存在なのか。ただ一つわかるのは、彼女が帝都の平和を脅かす存在ではないということ。少なくとも、今の時点では。
「なにしてんの?」
 あたしが尋ねると、虹眼の少女はまっすぐ視線を正面に向けたまま口を動かした。
「向かいのレストラン……」
 虹眼の少女がポツリとつぶやく。キンキンと頭に響く甲高い声で。
「残飯出ないかな、と」
 少女のお腹がきゅるると鳴った。
 この子……今までどんな生活をしてきたんだろう。無情動な少女の横顔からは、何もうかがい知ることはできない。
「おごったげようか?」
「いえ。私なんて、その辺りの木の樹液でもすすっていればそれで十分ですから」
 ……卑屈だ。
 卑屈だけど、妙なプライドの高さも感じられる。多分この子は他人に借りを作りたくないんだろう。もっと言えば、人付き合いそのものをシャットアウトしたいんだと思う。
 無表情で塗り固めた仮面の向こう側に、堅固な拒絶の意思が伝わってくる。『なぜ』かはわからないけど。
ときに、預けた物は役に立っていますか?」
 虹眼の少女が首から上だけくるーりと回してこっちを向いた。感情の揺らぎを感じさせない爬虫類のような瞳で、あたしの姿を捉えている。
「ええ」
 役に立つどころじゃない。アレのおかげで何度命拾いしてきたことか。アムルパーレの外へ行っていたときも、幾度となくお世話になった。
 虹眼の少女から預かった物――唯一見放された者に対抗できる武器。
 緑色の影は今日も視界に入り込んできている。こちらの都合はお構いなしとばかりに。
「気をつけてください。最近また見放された者が活動しているみたいです。現れる場所と時間は……」
 ――またか。
 もう何十回と聞いてきたその言葉を反芻し、あたしはため息をつきそうになった。
 倒しに行け、と暗に言っている。この子はいつもそうやってあたしを利用しようとする。
 こちらとしても危険な奴を放っておいてディノが襲われでもしたら困るから、情報をくれるのはありがたいんだけど……。いいように使われてるみたいでなんか気に食わない。たまには文句の一つでも言ってやろうか。
「また人をあごで使うつもり? 見放された者が気になるなら自分で何とかしなさいよ」
働きたくありませんので
 しれっと言い放ち、虹眼の少女は視線を逸らした。あたしは地面を見つめて深く息を吐いた。
 ……疲れる。この子と話していると無性に。
 何を考えているかわからない。何が目的かもわからない。あのローリー以上にエキセントリックだ。あんな奴は一人で十分なのに……。
 顔を上げた。目の前に――虹眼の少女の姿はなかった。さっきまで話をしていたはずなのに?
「どこ?」
 呼びかけても答える相手はいない。肌をなでる冷たい風だけが、その場を通り過ぎていった。
 ――まあいい。気にするほどのことじゃない。よくあること。
 ここは帝都アムルパーレ。見放された都。あたしは帰ってきてしまったのだから。


 A:見放された者を倒す
 B:戦いをやめる
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テーマ : 自作小説(ファンタジー)
ジャンル : 小説・文学

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