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最終章『絶望と希望の在り処』

~ディノ・ガレル~


 エルメルの命が失われたあの日から、一週間が過ぎた。
 あれからクレールとはほとんど言葉を交わしていない。僕も彼女もお互い避け合ってしまい、まともに顔を合わせることさえ少なくなってしまった。なにも知らないロミーナ姉さんは、心配そうにうろたえるばかりだ。
 あの一件で傷ついたのは、クレールの方なのかもしれない。なのに僕は慰めの言葉一つかけてあげられない。
 もしこれまでの経緯を知っている状態で、あの場面に再度立ち会えたとしても、クレールは迷わずエルメルを撃つだろう。そうしなければ、やられていたのは僕の方だったから。
 頭ではわかっていた。あのときクレールが撃たなければ、僕は死んでいただろうということを。
 わかってはいるが、それを口に出すことができない。言葉にしようとすると、心が待ったをかける。
 ――まぶたの裏に焼きついたあの光景。
 目の前で倒れてゆくエルメルと、緑の魔剣を構えたクレールの姿……。それがずっと頭から離れない。
 僕は心のどこかで、クレールを許せずにいるのか――? エルメルを撃った彼女のことが――。
「ディノ!」
 寝室で一人物思いにふけっていると、勢いよく扉を開けてロミーナ姉さんが飛び込んできた。
「姉さん? どうかしたの?」
「クレールが……! 出て行くって、荷物をまとめて……!」
「まさか……」
 あわてて部屋を飛び出し、玄関口へ向かう。廊下を抜けてその先へ。
 ――玄関前にクレールが佇んでいる。今まさに扉を開けて出て行こうとしているところだった。右肩には大きめのザックがかかっている。
「クレール」
 呼び止めた。続ける言葉も思い浮かばないままに。
 クレールは悲しげな表情で首を横に振った。「なにも言わないで」――と。彼女の瞳が訴えていた。僕は――ただ黙り込むしかなかった。
「今まで……ありがと……。それと、ごめん……」
 こちらと目を合わせようとせずに、クレールが言った。そして、玄関の扉を開けて街中へと歩いてゆく。粛々と、振り返らずに。
 ――消えていく。クレールの姿が。
 真っ白な霧の向こうへ――手の届かないところへと消えていく。その小さな体に、たとえようもないほど多くのものを背負い込んで。
 クレールと過ごした二年間の思い出が、胸の内に次々と湧き上がってくる。
 楽しかったこと。悲しかったこと……。
 衝突したこともあったけれど、僕たちはうまくやっていたと思う。クレールには、今まで幾度となく助けられてきた。なによりも大きな心の支えだった。
 ――彼女は去ってしまった。心の中にぽっかりと大きな空洞ができてしまったようだった。
 こんなにも大きな喪失感は……三年前に家族を失くしたとき以来だ。この痛みをまた味わうことになるなんて……。
「ディノ!」
 なにかを急き立てるようなロミーナ姉さんの声で、僕は我に返った。
 ――そうだ。このまま別れて良いはずがない。今ならまだ連れ戻せる。
「ありがとう姉さん。行ってくる……!」
 深く息を吸い込み、霧の海へとダイブした。彼女と……クレールともう一度逢うために。


 帝都の店や家を訪ね回って三軒目。霧のせいで姿を見つけることはできなかったけれど、オルネラの元を訪ねたとき、クレールの足取りをつかむことができた。
「ええ来ましたよ。帝都を離れるからあいさつ回りにと」
 おっとりとした口調でオルネラが言った。やはりクレールは友人、知人のところを回っているようだ。
 彼女はああ見えて律儀で真面目なのだ。幼少期を真っ当な環境で過ごせたなら、今のようにひねくれてしまうこともなかっただろう。
「あの……もしかして、クレールさんを引き留めるつもりですか?」
 なぜか目を輝かせてオルネラが訊いてきた。
「でしたら、そのうちここに戻ってくると思いますよ。私のところへ荷物を預けていきましたから。なんでも片付けなければならない用事があるそうで」
「用事って?」
「ええと……。霧がどうとか言っていましたけど……」
 ――いけない。クレールはこの霧をどうにかするつもりだ。
 霧が出た理由は不明だが、おおよその見当はつく。この街で常識で測れない現象が発生したのなら、異形成腫活化病が原因と見てまず間違いはない。
 帝都を去る前に、憂いを断っておこうというのだろう。恐れ知らずな彼女らしい行動だが、この規模の異変を引き起こす者が相手では、いくらなんでも危険が過ぎる。
「ケンカ別れ……ですか?」
 こちらの顔色をのぞき込むような仕草でオルネラが尋ねてきた。
「ああ。彼女が悪いわけじゃなかったのに、責めるような態度を取ってしまったんだ……」
 僕の態度はクレールを傷つけ、追いつめてしまったことだろう。
 謝らなければならない。許されるなら戻ってきてほしい。
 この二年間。僕を誰よりも強く支えてくれたのはクレールだった。その彼女を、傷つけたまま別れるなんてことできるはずがない。
「わかりました。クレールさんが荷物を取りに来たら、この家に閉じ込めちゃいます」
 小さく笑ってオルネラが言った。いつの間にクレールと仲良くなったのか知らないが、協力してもらえて助かった。
 ひとまずこれで、クレールが帝都を離れることは阻止できたか……。けれど、危険に首を突っ込もうとしている彼女を放っておくわけにもいかない。どうにか行き先を特定したいが……。



 オルネラと別れてから少し歩き回ってみたが、僕はすぐに行き詰ってしまった。
 クレールも同じように迷っているならいいが、彼女は僕よりもアムルパーレの裏事情に精通している。もしかすると、家を出ていくより前の段階で、霧が発生した原因をつかんでいたかもしれない。
「ディノ。……お前、ディノか?」
 不意に誰かが話しかけてきたので、そちらへと振り向いた。霧の向こうに浮かんだその人影を見て、僕は思わず飛び退きそうになった。
 蜃気楼のようにゆらりと立ち尽くす細身の男――。背筋を曲げ、だらりと腕を垂らしたその佇まいからは、生命の躍動が感じられない。ぞっとするほど濃い暗黒の瞳がこちらを見つめていた。
 黒い服。黒い髪。黒い瞳――。肌の色だけが、死人のように白い。
 長く伸ばした黒髪はジグザグに折れ曲がっていて、それぞれが複雑に絡み合いながら奇妙な模様を形作っている。彼なりのおしゃれなのか、髪がばらけるのを鬱陶しく思ってなのか、伸ばした黒髪は先の方で束ねられていた。
 様々な人間が交錯する帝都アムルパーレにあっても、その存在は異質だと言わざるを得ない。死神を思わせるその容貌は、見放された者と比べても見劣りしないほどに不気味だった。彼が見知った相手でなければ、僕は悲鳴を上げていたかもしれない。
 ――そう。知っている。
 彼の名前はロンブローゾ・ディーニ。大学で六年間を一緒に過ごした友人だ。
「ロンブローゾ!? 帰ってきていたのか」
「ああ。今しがたな。聞いていた通り、なかなか面白いことになっているようだ」
 ロンブローゾはのどを鳴らして笑った。彼の言う『面白いこと』……。恐らくは帝都を包んだ霧のことだろう。
 彼は人知の及ばない現象を好んで調べるという悪癖を持っている。善も悪も、益も害も問わず、なにか変わった事態が発生したのなら、それはロンブローゾにとって興味の対象となり得る。
「そうだ。ロンブローゾ。この霧が発生した原因について心当たりがあれば教えてほしいんだ」
 帝都に帰ってきたばかりだというからあまり期待はできないが、異形成腫活化病について調べていた彼なら、今回の件についてもなにか知っているかもしれない。
「今調べている最中だ。現段階で話せることは少ないが……」
「頼むよ」
「原因についてはわからないが、帝都郊外の廃屋が発生源らしい。あの場所はアムルパーレの風上だからな。霧を拡散させるのに都合が良かったんだろう」
 脳を侵された見放された者たちが、そこまでの思慮を持って事に当たるとは考えにくい。霧の原因は見放された者じゃない可能性が高いということか。
「その場所について詳しく教えてくれないか」
「……いいが、俺が行ったときにはもぬけの殻だったぞ」
 ロンブローゾは前置きしてから霧の発生した場所について説明した。彼はなにも見なかったらしいけれど、僕が探しているのはクレールなのだから、むしろなにもいない方がありがたい。
「知ってるか、ディノ。隣町では見放された者が大発生しているそうだ。この街もそろそろ危険かもしれんぞ」
 言いつつ、ロンブローゾが口角を吊り上げる。まるでその『危険』とやらを待ちわびているような――そんな表情だった。
 彼の性格は相変わらずなようだ。徹底した研究家気質で、探究心や好奇心を満たすためなら命だって投げ出しかねない。
 周りから引っ切りなしにかけられる心配の声を疎ましく思ったのか、一人で調査に没頭したかったのか、行方をくらませてしまうこともあった。あまり無茶はしてほしくないが、彼にそれを言ったところで聞き入れてはもらえないだろう。僕にできるのは、彼の無事を祈ることくらいだ。
 ――霧の発生源――。帝都郊外の廃屋で、クレールは見つかるだろうか。
 胸の奥がざわめくような……奇妙な不安を感じながら、ロンブローゾが教えてくれた廃屋のある方角を見据えた。真っ白な霧の向こうで、得体の知れない何者かが手招きしているような気がした――。


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