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~クレール・ラナ~

 虹眼の少女は会話に心が傾き油断している。


 ――やるなら今しかない。戦いの基本は先手必勝だ。機を逃せばその瞬間に勝利は遠のく。
 ナイフを正面に構え、駆け出した――――その瞬間。
 不意の破裂音があたしの前進を止めた。考えるよりも先に足が動き、横っ飛びして地面に転がる。手入れされていない庭の草花がからみついてきたけど、気にしている余裕はない。
 ――今のは銃声だった。誰かが撃ってきた。この深い霧の中で――。
 恐らくは単発銃だろうけど、二発目が飛んでこないとも限らない。棒立ちしていれば的になるだけ。身をかがめて、じっと様子を見守る。
 重い足音を響かせて、軍服を着た複数の男たちが敷地内に進入してきた。霧が目くらましになっているおかげで、こちらに気づいている様子はない。
剣のイモータルを狙う者が、まだいましたか」
 他人事のようにつぶやいて、虹眼の少女は肩を押さえた。その手に握り締めていた黄金色の魔剣がこぼれ落ち、霧と草に紛れて見えなくなる。運悪くさっきの銃弾が命中したらしい。
 ……景色が濃度を増した。帝都を白く染め上げていた霧が、徐々に薄れていく。肩を撃たれたことで、霧を発生させていた何らかの能力が解除されたんだろう。
 軍服を着た男の一人がこちらに気づき、手にした小銃の銃口を向けてきた。引き金に指がかかっていないところを見ると、さっきの発砲音はこの男が撃ったときのものなのかもしれない。
「連れていけ」
 誰かが後ろで指示を出し、虹眼の少女を複数の男たちが取り囲んだ。こいつら……まさか彼女が目当てでここに……?
「目撃者がいます」
 目の前の男が、こちらに銃口を向けたまま言った。すぐに「殺せ」と指示が返ってきて、男が銃の撃鉄を起こした。
 ――まずい。撃たれる。
 男の人差し指が引き金にかかった。迷いなくトリガーが引かれ、乾いた銃声が一つ――鳴った。
 ――子供の頃に聞いたことがある。銃弾には毒が混じっていて、当たっただけで人を死に至らしめると。でもそれが真っ赤な嘘だということは、この体で実証済みだ。急所さえ避けられれば問題ない。
 ナイフと腕で頭と首を防御する。放たれた銃弾がナイフに命中し、高い金属音を響かせて飛んでいった。
 ――場所が悪い。銃弾を避けられるだけのスペースがないし、逃げ道もふさがれている。
 足元には緑の魔剣が突き立っている。
 こういう非常事態において、いつも頼りにしてきた武器。だけど今は……それを手に取ることが恐ろしかった。
 生死がかかったこんなときなのに。戦わなければ生き残れないことは、嫌というほど身にしみていたはずなのに――。
 この手でディノの友人を撃った忌まわしい記憶が、あたしに使用をためらわせている。体が魔剣を拒絶している。また不幸を招いてしまうんじゃないかと、恐怖に打ち震えている。
「怖くない……!」
 心にもない言葉で自分自身を無理やり奮い立たせ、足元にある緑の影へと手を伸ばした。
 引き抜き、振りかざし、エネルギーを高めていく。三つ又に分かれた剣の先端に、雷の力が集まり火花を散らした。
「なんだこいつは!?」
 正面の男が驚きの声を上げた。でも、一度銃を撃ったそいつには格闘以外の攻撃手段がない。後ろの連中も、正面の男が射線をふさいでいるからすぐには発砲できない。
 火花のほとばしる剣先を地面へと叩きつける。雷の力が弾け飛び、光の洪水となって周囲の帝国兵らを呑み込んだ。
 オルネラと対峙した際にも使った閃光弾の一撃。大抵の人間なら、これで動きを止められる。
 すかさず男たちの脇を駆け抜け、家の敷地を飛び出した。大通りまで逃げれば、連中も派手には動けないはず。
 門をくぐる直前、男たちに捕らえられた虹眼の少女と目が合った。「なにをためらう必要があるのか――」と、そんな風にこちらを責めているかのような目つきだった。
 男たちを電撃で仕留めなかった。そのことを、彼女は不服に思っているようだ。でも、こっちにだって都合がある。
 もう人は殺したくない。たとえその人が異形の怪物に成り果てていたとしても。
 ――走り出してすぐに追っ手が走ってくる気配を感じた。それも複数……。閃光弾を放ったとき、うまく陰に隠れていた奴がいるらしい。
 緑の魔剣を使おうにも、走りながらじゃ上手く力を集中させられない。腰のナイフを抜き放ち、肩越しに後ろへ投げつけた。背後で「うっ」とうめき声がして、追ってくる足音が一つになった。
 あと一人――。不意を突いてひるませられれば振り切れる。
 そのとき突然、背後の足音が鳴り止んだ。
 まさか諦めた――?
 怪訝に思った次の瞬間、銃声が鳴り響いた。
「ぅあぐっ!」
 鋭い痛みが足を焼き、思わず転んでしまいそうになる。
 銃弾そのものが命中したわけじゃなかった。弾はふくらはぎの横をわずかにかすめただけ。でも、驚いた拍子に足首をひねってしまった。
 痛む足をかばいながら走る。せめて身を隠せる場所まで逃げられれば……。
 曲がり角を右折しようとした瞬間、目の前に人影が立ちはだかった。驚きのあまり、さっき投げ捨てたナイフを手で探ってしまう。
 でも、ナイフを探す必要はなかった。そこに立っていたのは、あたしのよく知る人――だったから。この街で一番大切な人だったから。
「ディノ!?」
 どうしてディノがここに――!?
「――クレール! 危ない!」
 考える間もなく、ディノに突き飛ばされた。直後に高い発砲音が鳴り響き、ディノの体が小さく跳ねた。
 表情を引きつらせ、倒れていく――――ディノの体。
 仰向けの姿勢で地面に崩れ落ち、ディノは固く両目を閉じた。 
「ディノ!」
 ディノは苦しげにうめきながら、胸を手で押さえていた。その指の隙間から、鮮血がとめどなくあふれてくる。
 ――血。
 押さえても噴き出してくる大量の血――。
 屈み込んでディノの体に触れた。ぬるりと湿った感触に鳥肌が立つ。その生暖かさを感じた瞬間、あたしの中でなにかが壊れた。
「うっ――――うあああああっ!」
 ――叫んだ。
 叫びながら緑の魔剣を手に取り、雷の力を限界まで振り絞った。
 剣先から放たれた雷撃がうねり、荒れ狂い、周囲を滅茶苦茶に焼き払っていく。
 やってきた帝国兵たちは皆、電撃に撃たれその場に倒れ込んだ。多分まだ生きているだろうけど、確証はない。そんなことに構っていられるだけの余裕はなかったから。
 ――撃たれた。
 ディノが撃たれた。
 ――なぜ。どうして。
 気が動転して、なにをどうすればいいのかわからない。そもそも、処置の施しようがあるのかどうかすらも判断できない。
 弾丸はディノの心臓部を正確に貫いている。彼の体から流れ出た大量の血液が、地面にまで広がっていた。
 助かる見込みはないと、すぐにわかるほどの出血。
 それを目の当たりにしてもまだ……まだ、あたしは……。
 ――涙の粒が落ちた。一滴……二滴……。
 やがてそれは頬を伝い、首筋へと流れていった。
 どうしよう。止まらない。瞳の奥から溢れてくるものを抑えられない。
 あたしは泣き叫んだ。わめきながら、何度も彼の名を呼んだ。
 もう決して目覚めることのない、彼の名前を――。



 霧が晴れた石造りの都は、早くも元の活気を取り戻し始めているようだった。行き交う人たちの表情は、みんなどこかほっとしているように見える。霧のせいで漂っていた閉塞感から、やっと解放されたからだろう。
 そんな中、大衆酒場の前で木箱を運ぶローリーだけが、なにやら難しい表情をしていた。いつも口ずさんでいた『あの歌』も、今日は歌っていない。ディノの不幸を敏感に察知しているんだろうか。ことローリーに限っては、あり得ないとは言いきれない。
 この場所へやってきたのは、ローリーに力を借りるため。悔しいけど、今のあたしではディノの遺体を運ぶこともできない。こんなときばかり頼りたくはないけど……。
 あの場所には、帝国兵たちもうろついている。下手に近寄れば、口封じに殺されてしまう恐れがある。でも、公爵家とつながりのあるローリーなら上手く取り成してくれるかもしれない。
 ――あの連中……一応軍服を着ていたけど、虹眼の少女を狙っていたことから考えて、きっとどこかの貴族に金で雇われたんだろう。
 魔剣の力は強大だ。その存在を知れ渡ったなら、手に入れようとする人が現れてもおかしくない。
「ローリー」
 ローリーに声をかけた。振り返ったローリーは一瞬笑顔になりかけたけれど、その顔がすぐ驚きの表情に変わった。
「クレール……? どうしたの。目、赤いよ」
 まさかこいつに心配される日が来るとは思わなかった。今、あたしはよっぽどひどい顔をしているに違いない。
「落ち着いて、聞いてほしいの」
「うん」
 ――深呼吸した。それを口にするのが怖かったから。
「ディノが……死んだ……」
「ディノが死んだ……って?」
 ローリーはきょとんとした目で首を傾げた。その表情は、あまり驚いていないように見える。
 ――どうして? こいつは誰よりも強くディノに依存していた。ディノが死んだなんて話を聞けば、平静じゃいられないはず。
 別にローリーの慌てふためく顔が見たかったわけじゃない。でも……なにかおかしい……。
「ローリー……。なんであんたそんな平気そうな顔してんのよ……」
「いや、だって……」
 ローリーがあたしの背後を指した。
 体中の産毛が逆立つような悪寒を覚えて、あたしは振り返った。ローリーが示したその先にあるものを見て、心臓が凍りつきそうになる。
 幽鬼のような気配を全身にまとい、ゆらりゆらりと近づいてくる不吉の影――。
 厚手のコートを揺らしながら歩くその隻影は、紛れもなくディノだ。
 生気をなくしたその様相は、いつか見た彼のイメージとぴったり重なる。出会ったばかりの頃のディノと――。
「ディノ……!?」
 ――嘘だ。
 彼は確かに死んでいた。それはしっかり確認してる。
 じゃあ蘇生した? あんな大怪我を負っていたのに?
 まさかよく似た別の人? そんなのもっとあり得ない。
 …………本当は、答えなんかとっくにわかってる。考えないようにしていただけ。
 じわり……と。ディノのコートに黒いシミが浮かび上がった。
 混じり気のない黒。光を照り返さない暗黒がじわじわと広がり、ディノの右半身を覆っていく。
 肌も――髪も――爪も――瞳も――靴も――。正常な左半分を残し、全てが黒く塗り潰されていく。
 それは死を拒絶する絶望の病。
 ――異形成腫活化病。
 見たくなかった。今だって、できることなら顔を背けたい。でも、それは許されない。
 緑の魔剣をつかみ取る。この手で彼を葬るために。
 これはきっとあたしの役目なんだ。不死の化け物として生き続けるよりは人として死にたいと、そう思ったからこそディノはあたしの前までやって来たはず。
 やるしかない。
 ディノのために。
 どんなに辛くても。心が悲鳴を上げていても。
 正面から受け止める。それが彼に対しての敬意だと思うから。
 周りを歩いていた人たちが、ディノの異変に気づいて悲鳴を上げた。みんな競うようにディノから離れていき、ものの数十秒で辺りから人の気配が消えた。
 ――好都合。余計な邪魔が入らずに済む。
 緑の魔剣は市街戦に適さない。当てたくない相手にまで、攻撃が飛んでいってしまうから。でも人がいなければ思う存分暴れられる。
「ディノ……! ごめんなさい……!」
 魔剣の先端から放たれた雷が、空気を切り裂きディノめがけて走っていく。
 ――ディノが動く。闇に染まった右手を前に。でも、そんなもので魔剣の雷を防げはしない。避けられない限り見放された者は確実に死ぬ。
 稲光が視界を白く染め上げ、伸ばされたディノの腕に命中する。見放された者を死に至らしめる必殺の雷撃が当たった――そのはずなのに――。
 ――思わず目を見張った。ディノがまだその場に立っていたから。黒い右手を突き出した姿勢のまま、無感情な瞳でこちらを見つめている。
 雷を……受け流された――?
 なにが起きたのか全く理解できない。この緑の魔剣で攻撃された『見離された者』は、みんな絶命するはずじゃ……。
 ディノが右手を下ろし、何事もなかったかのようにゆらりゆらりと近づいてくる。
 歩調は限りなく遅い。右へ左へコートを揺らして、ゆっくり……ゆっくりと歩み寄ってくる。その遅さが、かえって不気味だった。
「クレール。逃げよう」
 後ろでローリーが言った。そういえば、忘れていたけどこいつがいたんだった。
 ――ディノが歩調を速める気配はない。そのことを確認してから、あたしはローリーに向き直った。
 ローリーは目を細め、変異したディノの姿をじっと見つめていた。
 もっと取り乱すかと思ってたけど、意外に冷静だ。まるでこの状況を予期していたかのような……。そんなはずはないんだけど。
「冗談でしょ。あたしが逃げたら、誰がディノを止めるっていうの」
 言ってから、胸の奥がチクリと痛んだ。
 元はといえば、あたしがディノと向き合わず、逃げようとしたから今の状況を招いてしまったのに……。
「ディノのことじゃない。この街から、一刻も早く逃げた方がいいって言ってるのさ」
「……どういう意味?」
「霧が消えると、帝都は見放された者たちであふれかえる。そして……最後の見放された者が現れて、みんな死ぬ」
 淡々とした口調でローリーが言った。ディノから視線を外していないのに、どこか遠くを見つめているみたいだった。
「なにそれ。予言?」
「僕にもわからない。……ううん。『覚えてない』のが近いかな。けど多分、実現する」
 ――どうしてしまったんだろう。
 こいつがおかしいのは元からだけど、今日は普段より一段と言動が危うい。ディノの変異を目の当たりにして、見かけ以上に動揺しているんだろう。
 でも……それだけじゃないような気もする。ローリーの言葉に、鬼気迫るものを感じる。こんなことを思うあたしも、どうかしてしまったのかもしれない……。
「ディノの妹さんを街の外まで連れて行ってあげなよ。その方がディノも喜ぶと思う」
 こちらに向き直ってローリーが言った。
 ……どうしよう……か。
 緑の魔剣が通じない以上、一旦退くという選択はもっともだと思う。でも、逃げたからといってなにが解決するわけでもない。
 それにローリーは……。さっきの言い方からすると、あたしと一緒に逃げる気はなさそうだった。嫌な予感がする。
「アンタはどうすんの」
「僕は……」
 ローリーはゆったりとした動作でディノに視線を移した。悲しむでもない。怯えるでもない。頑なな意志を表明する眼差し――。
 痛いくらいにわかった。ローリーはここで死ぬつもりなんだ。ディノの後を追って――。
 ディノとローリーはただの友達同士だって聞いていたけど、どうしてそこまでのことができるんだろう。あたしの方が、ディノと一緒に過ごした時間は長いはずなのに……。
「駄目よ。アンタにもしものことがあったら、それこそディノが悲しむでしょ」
 ローリーの腕をつかんで強く引いた。ローリーは少し驚いたような顔を見せたけれど、すぐにいつもの微笑みを見せて体裁取り繕った
「……そうだね。じゃあ、程々のところで僕も街を出て行くことにするよ」
 緊張感のないその笑顔に毒気を抜かれ、思わず彼の腕を放してしまう。
 ローリーは軽く服を整え、ディノの動きに目を光らせつつ何度かうなずいた。
「ディノの家で少し待ってて。僕もすぐに行く。これからのことを相談しないとね」
 もう一度ローリーが笑った。その笑顔は……悔しい気持ちを噛み殺しているような表情に見えた。
 ――なぜ。そんな顔をするんだろう。
 あたしはこいつになにか変なことを言ってしまったんだろうか。それとも……。
 いずれにしても一つ確実に言えるのは、ローリーがディノを裏切るわけがないということ。二人の過去になにがあったかは知らないけど、こいつは異常なくらいにディノを慕っている。『ディノのために行動する』というその一点においては信頼できる……と思う。
「すぐに来なさいよ」
 そう言い残して、あたしはその場を離れた。ディノのことをなんとかしてあげたいけど、緑の魔剣は通じないし、殺されてあげるわけにもいかない。
 悔しいけど……悲しいけど、逃げ出すことしかできない。自分の無力さを今日ほど呪うことは、これから先ずっとないだろう。
「うん。すぐに行くよ。すぐにね……」
 背中でローリーがつぶやいた。決意に満ちた――それでいて寂しそうな、そんな声に聞こえた。





 

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