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~オルネラ・ジャコメッティ~

 あの日から全てが変わってしまった。全てが狂気で塗り固められていく。
 周囲を取り巻く人たちも。目に映る世界も。私自身の心さえも。
 痒い。
 かゆい。
 痛い。
 いたい。
 体が引き裂かれている。そう錯覚してしまうほどの苦痛。激痛。
 そして、聞こえてくるあの歌。ずっと聞こえている。死へといざなう邪悪な声。
 耳を傾けてはいけない。まだ、弾かなくてはならないから。それだけが私の生きる理由だから。
「ああ……あ……うう……」
 震える右手でバイオリンの弓を引く。
 ぎぃー、という不快な音が鳴った。
 違う。
 違う。
 これは私の音じゃない。
 もっと弾かなければ。きれいな音が奏でられるように。
 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと。
 ――景色が変わった。
 私はアムルパーレの街を駆け抜けていた。足を一歩も踏み出していないのに。バイオリンを奏でると、体が地面の上を滑っていくのだ。
 ぎぃー。
 帝都の古城前へ。
 ぎぃー。
 まちはずれの廃屋へ。
 ぎぃー。
 繁華街の中心地へ。
 ぎぃー。
 知らない家の前へ。
 ぎぃー。
 大衆酒場の前へ。
 ――月明かりを遮って、視界の端から誰かがゆっくりと近づいてきた。不穏な空気を感じて人影の方へと振り向く。
 夜闇の向こうに禍々しい殺気をみなぎらせた瞳が二つ。息を潜めてこちらを凝視している。待ち構えていたかのように民家の屋根から私を見下ろしている。
 それは女性だった。女性らしい体の丸みはほとんどなく、服装から判断しただけなので間違っているかもしれないけれど。子供のように小さくか細い体でありながら、どこか大人びた雰囲気をまとっている。
 ――音もなく人影が動いた。腰のベルトに差されたなにかを引き抜き、ゆらりゆらりとこちらに近づいてくる。
 あれは人を殺し慣れた動きだ。見放された者を殺し慣れた動きだ。なぜだかわからないけれどそう思った。事実、その直感が正しいことを証明するかのように、女の所作には迷いがなかった。
 何かが飛んでくる。それが女の投げたナイフだと気づいたときには、すでに鋭い刃が太ももをかすめていた。ぴりっとした痛みが下半身から上ってくる。
 顔を上げて女を見る。いつの間に取り出したのか。女の手に何かが握られていた。月光を受けて色めく透き通った緑色の……剣。刀身の先が三つ又に分かれた珍しい形をしている。
 瞬間、悪寒が全身を駆け抜けた。あの剣は……危険。危険。危険。頭の中を警戒警報が反響している。歌声さえもかすんでしまうほどに。
 右手に持った弓を引いた。ぎぃーという無様な音が鳴り響き、私の体は地面の上を滑り出す。あの女のいない方へと向かって。
 大丈夫。これで逃げられる。
 そう思った。でもその考えは甘かった。
 舌打ちする音が遥か後ろから聞こえ――その一瞬後。ほとばしる閃光がさっきまで私の立っていた空間を切り裂いていった。
 それは雷撃だった。凄まじい雷音を轟かせて、帝都の街を白くまばゆく染め上げていく。
 ――! 雲もないのに!
 驚いた次の瞬間には、二度目三度目の雷がもうそこまで迫ってきていた。バイオリンを滅茶苦茶に弾き鳴らしてそれらをかわし、わき目も振らずに逃げ回る。
 ――遠くへ。できるだけ遠くへ……。
 ……気がつけばそこは家の庭。あの雷女は追いかけてこない。助かったんだ。
 だけど疲れた。体が動かない。今日の練習はここまでにしよう。
 大事なバイオリンと弓をそっと地面に寝かせて、私はうつぶせに倒れ込んだ。


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