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~ディノ・ガレル~

 ――途切れかけていた意識が急転し、光が戻ってきた。視界が大きく広がってゆき、崩れた石造りの街並みが見える。
 潰れたはずの内臓に痛みを感じない。僕は死んだわけじゃなかったのか……? それともここが死後の世界なのか?
 前方には、僕を殺したあの巨大な怪異が確認できる。どうやら僕は死に損なったらしい。あるいは見放されてしまったのかもしれない。
 怪異が腕を一振りし、石造りの家屋をなぎ払う。飛んできた岩が僕の右手に当たり、皮膚が裂け鮮血を散らした――――はずだった。
 ――僕は目を疑った。
 右手についた傷がみるみるうちに修復されていく。血の痕跡さえも残さず、痛みも全く感じない。
 驚き立ち止まっていると、もう一度岩が飛んできた。なんとかかわそうと試みるも、とがった岩がわずかに顔をかすめていく。
 頬が切られ、じわりと血がにじんだ……次の瞬間。またも傷口はわずかな時間でふさがった。恐る恐る指先でなぞってみても、傷はおろかその痕跡さえも見つけられない。
「治る……?」
 いよいよ本格的に危険な状態のようだ。こんな現象が起こり得るとしたら異形成腫活化病が原因としか思えない。僕もとうとう見放されてしまったか……。
「それは違うよ、ディノ」
 ――誰かが言った。
 振り向くと、そこにはローリーの姿があった。覚悟を決めたような、凛々しい顔つきでこちらを見つめている。
 どこか……違うような気がした。普段のローリーとは、なにかが決定的に違っているような……。
「治してるんじゃない。戻してるんだ。人だけじゃなく、全ての物を……」
 ローリーが遠くを指した。巨大な怪異に踏み潰され、瓦礫と化した家々。それが、瞬く間に元の家屋へと直っていった。
 これはローリーがやっていることなのか……? そうだとしたら、いったいどこでそんな力を身につけられたのか――。
「あっ……」
 ――わかった。彼のどこが違うのか。
 真っ直ぐこちらを見つめるローリーの眼。綺麗な空色だったはずのそれが、輝くライトグリーンに変化していた。
 ……赤の魔剣が異常を検知している。ローリーを構成する情報、その一部分。『現在時刻』を表す項目が、ありえない数値を示している……。
 怪我が瞬時に治る。街が瞬時に直る。この超常現象は、本当に彼が起こしているようだ。
 僕がエルメルと対峙したとき――赤の魔剣を用い、青の魔剣が持つ質量操作能力に介入したときと同じように――。ローリーが見放された者と化したことで手にした時間操作能力。その効果範囲を街全体に広げ、壊れたものを再生している。
 あの巨大な怪異がどれだけ暴れ回ろうと、今現在この街に在るものを壊すことはできない。ローリーが能力を展開している限りは絶対に……。
 ――天啓が閃いた。あの巨大な怪異を打倒する方法……。ローリーの能力を解析することで、それが可能になるかもしれない。
 赤の魔剣を用い、情報解析を開始する。ローリーの能力。その詳細について。
「僕は臆病だったかもしれない。後悔に囚われて、先へ進むことを必死に拒んでた。この過去を取り戻す能力は、そんな心のあり方が力を持った結果なんだと思う」
「ローリー。君は……」
「だけど、そんなことばかりしてちゃいけないんだって思った。いつまでも未来に進めないのは、とても悲しいことだから」
 ――能力の解析が完了した。その内容を赤の魔剣に取り込み、数式を再表示する。
 赤の魔剣は対象の構造を数式化して表示する。しかし、数式の一部は暗号化されていて読み取ることができなかった。
 今、ローリーの能力を取り込んだことで、その枷が外れた。暗号化されていて不鮮明だった一部の数式が、正しい数式として読み取れるようになった。
 ざっくりいうと、赤の魔剣に時間操作能力が付加された。この力で怪異を遠い未来の彼方へ送り飛ばす――。
 ローリーの時間操作能力は、過去への移動しかしていないようだし、飛ばせる時間もそう長くはできないようだ。しかしその能力を解析して取り込んだ赤の魔剣なら、未来への移動や長い時間を一気に跳躍することも可能だ。
 これなら、怪異の情報を全て削除するまでもない。一振りで十分。時間の項目を書き換えるだけで、あいつを仕留めることができる。
「あれは……!」
 ローリーが声を上げた。彼の視線を追った先、破壊活動を続ける巨大な怪異に、銀髪の少女――虹色の眼の少女が飛びかかっていた。
 少女の手には剣のようなものが握られている。しかし、それを使う間もなく怪異に振り払われ、虹色の眼の少女は遠くに吹き飛ばされていった。
 彼女が死んでしまったら、僕の手にある赤の魔剣はどうなるのだろう。消えるのか残るのか……。どちらにしても、もう迷っている場合じゃない。
「行ってくるよ」
 静かに――でも力強く僕は言った。その声は、自分でも驚くほどに落ち着いていた。
「うん」
 ローリーはうなずいた。
 目を見ただけでわかる。ローリーが僕に寄せる全幅の信頼。
 どうして彼がそこまで僕を信じられるのか、正直なところよくわからない。けれど今だけは、その想いに全霊で応えたいと思った。
 勝てる勝てないの話じゃない。ただ想いに殉じること。心の声に従うこと。それが僕の成すべきことだ。
 ――駆け出した。
 大通りをただ真っ直ぐに。
 もはや小難しい策など必要ない。最短距離を往くだけでいい。たとえやられても、ローリーが治してくれる。
 巨大な怪異は周辺の家屋を滅茶苦茶になぎ払いながら、僕から離れるように移動していた。
 ローリーの能力は異形成腫活化病により発生しているもの。時間が経ち、変異が彼の脳まで達すれば制御不能に陥る。
 時間操作の力がいつまで持つのかは想像もつかない。早々に勝負を決したいが……。
 焦りを感じたその瞬間、怪異の手から放たれた大きな瓦礫が、こちらにめがけて飛んできた。ローリーの力があるから平気だろうが、受ければ時間のロスになってしまう。
 できることならかわしたい。しかし瓦礫の飛んでくる速度は速く、とても避けられそうにない。
 ――突然、透き通った青い壁が目の前に出現した。飛んできた瓦礫はそれに阻まれ、僕の横を転がっていく。この青い壁はまさか……。
 通りの先になにかが見える。左右に建ち並ぶ家々。その屋根に、二つの人影が立っていた。
 左にはクレール。緑の魔剣で雷を放ち、巨大な怪異の動きを牽制している。
 右はエルメル。長大化させた青の魔剣で、飛んでくる瓦礫を防いでくれている。
 二人とも無事だったのか。――いや。僕と同じように、ローリーが復活させてくれたのだろう。
 ローリー、クレール、そしてエルメル。頼もしい援軍が来てくれた。もう恐れることは何もない。
 なにも考えず全力で走った。クレールの放つ雷が。エルメルの振るう剣が。道筋を切り開いていく――。
 怪異との距離が見る見る縮まっていく。勝利はもう目前だった。
 あと数歩で怪異に剣が届く……。
 そう思った次の瞬間、怪異が素早く向きを反転し、振り返りざまこちらめがけて岩を投げつけてきた。
 今まさに赤の魔剣を振りかぶろうとしていた矢先の出来事。手にも足にも、勢いがつきすぎていて対応することができない。
 赤の魔剣を岩が直撃した。ガラスの割れるような高い音が鳴り響き、無数の赤い欠片が宙を舞った。
「――――!?」
 砕けて散らばる赤の魔剣――。それが一瞬後には僕の手元へ戻ってきていた。壊れる前の完全な形で。
 ローリーの時間操作能力は魔剣に対しても有効なのか。あるいは魔剣自体に再生能力があったのか。
 どちらにしても、これで奴を倒す条件は整った。怪異は手の届く位置にいる。あとはただ剣を振るだけ――!
「これでっ……!」
 巨大な怪異を構成する情報、その一部分。『現在時刻』を表す項目に、滅茶苦茶な値を書き込んだ。
 時刻は300億年後の今日。この怪異が何者であろうと、それだけ時間が経ってしまえば僕たちの世界に影響を及ぼすことはないはずだ。
 怪異が蹴りを放つ。一度は僕を死に至らしめたその攻撃が、この身に触れる寸前で跡形もなく掻き消えた。足先から上へと向かい、段々と怪異の姿が見えなくなっていく。
 自らの異変に気づいたのか、怪異が叫び声を上げる。地を揺るがすその悲鳴すらも、空気に溶け込み消えていく。
 数式に値を書き込んでからわずか数秒後。帝都の全てを踏みにじろうとした巨大な怪異は、存在した痕跡すら残さず完全に消失した。
 霧が晴れ、怪異も消え、目に映るのは澄み渡る蒼天――。その美しい眺望に、僕はしばらく全てを忘れて見入った。



 大通りの向こうから、ローリーが駆けつけてくる。
 辺りを見渡すと、破壊し尽くされたはずの帝都は、いつの間にか元の井然とした街並みを取り戻していた。ローリーの能力によって直されたのだろう。
「さあ、後はローリーだけだ」
 彼はその能力で街や人を直していたのだから、自らの異形成腫活化病も当然治せるだろう。そう思ったけれど……。
「……ごめん。もう無理みたい」
 力なく笑ってローリーが言った。
「さっきの大きいやつがいなくなったからかな……。見放された者としての力が、段々失われていくみたいだ……。これからはきっと、異形成腫活化病は発生しなくなるはず……。これで……良かったんだ……」
 ローリーの足が小刻みに震えていた。もう立っているのがやっとのようだった。
 傍に寄って支えようとする僕を、ローリーは手で制した。
「聞いてディノ。今まで僕は、この能力で何度も過去をやり直してきた。未来になにが起こるのか知った上で、都合のいいように人生を改ざんしてきたんだ……」
 ――そうだったのか。
 僕がロミーナ姉さんと再会できたことも、今日まで無事に生きていられたことも、全ては偶然じゃなかった。ローリーが僕を誘導してくれたからこそ、なにもかもが上手くいっていたんだ……。
「もっと早く、君を帝都の外に逃がすべきだった。全てを君に打ち明けるべきだった。なのに僕は……ディノと一緒に過ごしたくて、それをわざと先送りにしてた。本当に……ごめん……」
 ローリーがふらりと倒れ込んできた。それを抱きとめ、彼が倒れないようしっかりと支える。
「それでも、僕は君の味方だよ」
 赤の魔剣の柄をローリーの背に当て、数式を修正していく。
 数式の暗号化が解除された今なら、記憶に触れることなくローリーの異形成腫活化病を治せる。これで彼は普通の人間に戻れるはずだ。
 ――修正完了。
 ぐったりともたれかかってきていたローリーが、僕から離れパチリと目を開けた。助かったことがすぐには理解できないのか、自身の手の平をまじまじと見つめている。
「僕……生きてる……?」
「そうだよローリー。よく帰ってきてくれたね」
 これでやっと全ての問題に決着がついた。それも、望みどおり最高の形で。
 ほっと息をつき、安堵の笑みを浮かべる。
「いいのかな……本当に……」
 しおらしい声でローリーがつぶやいた。
「なにがだい?」
「こんなに幸せなことがあって、本当にいいのかな……」
 美しく微笑んだローリーの眼から、一筋の光が頬へと伝った。
 背景に広がる大空と同じ色――蒼の双眸。泣き濡れて潤んだその瞳は、彼が見放される前よりもずっと幻想的で優美だった。
「もちろんだよ」
 僕も泣きたいくらいに嬉しかった。
 帝都が救われたこと。青空をまた拝めたこと。なにより、ローリーが戻ってきてくれたこと。幸せそうな彼の表情を見られたことが、嬉しくてたまらなかった。
 普段より小さく見えるローリーの肩を、僕はそっと支えた。安心したせいか、ローリーは小さな子供のように嗚咽を漏らし始めた。



「――だけど、ちょっと不安だな。これから先のことを、僕はなにも知らないから」
 服の袖で涙をぬぐいながら、ようやく泣き止んだローリーが言った。
「大丈夫さ。先のことがわからなくても、未来は僕たちの手で作っていける」
 怖くなんかない。
 僕には最高の友人がいる。彼が一緒なら、どんな不安や障害も乗り越えていける。今はそう信じられるから。
「――うん! 一緒に明るい未来を作ろう!」
 パァッと顔を明るくしてローリーが応えた。――と、そのとき。
 不意に周りから指笛と歓声が上がった。振り返ると、いつの間にか十人余りの人らに周りを取り囲まれていた。僕とローリーの会話を聞いていたのだろう。みんなニヤニヤと冷やかしの笑みを浮かべている。
 すっかり忘れていたけれど、ここは往来の真ん中だった。怪異が暴れていたから誰もいないと思っていたのに……。家の中に隠れていた人たちが様子を見に出てきたのだ。
 知らぬが花とはまさにこのこと。ずっと家に隠れていた面々は、外でなにが起こっていたかわからないのだろう。能天気に笑っていられる彼らが、少しだけうらやましい。
「なーにやってんだか」
 いつの間にか近くまでやって来ていたクレールが、囲みの外でそうつぶやいたように見えた。





エピローグ



 帝都アムルパーレを騒がせた数々の事件は全て終息した。多くの不幸を生んできた絶望の病、異形成腫活化病の根絶と共に。
 被害者はなし。踏み潰されたクレールも、弾き飛ばされたエルメルも、虹色の目の少女も傷一つなく帰ってきた。
 崩壊した僕の故郷も、まるで何事もなかったかのように復活を果たしていた。これもローリーが力を使った成果だろうか。
 事件の後、赤の魔剣は虹色の目の少女に返却した。あれは人の手に余る代物だ。これからの時代には無用の長物だろう。
 クレールとエルメルも僕の意見に同意し、それぞれの魔剣を少女に返した。
 虹色の眼の少女は少し寂しそうにしながらも、これからは自由を満喫するなどと言い残し、そのまま去っていった。
 きっともう少女が僕たちの前に姿を現すことはないだろう。彼女が何者だったのか、目的はなんだったのか、結局わからず仕舞いだった。だが、こうして平穏無事に過ごせるのも、彼女の協力があったからこそ。なにか裏の思惑があったとしても、感謝して然るべきだろう。

 ――あれから早一ヶ月。
 あの巨大な怪異を打倒して以降、帝都でも隣町でも異形成腫活化病の発症者は確認されていない。
 やはりあの怪異が全ての元凶だったのだろうか。それとも、僕の与り知らないところで、誰かが異形成腫活化病の根絶に成功したのだろうか。真相は闇の中だ。


 オルネラのバイオリン演奏が終わって小一時間。深夜の石造り亭で、僕はワインの味を楽しんでいた。
「珍しいね。こんな時間まで飲んでるなんて」
 空のグラスを磨きながら、ローリーが話しかけてくる。もう他の客や店員は残っていない。二人きりの静かな店内に彼の声はよく響いた。
「家に帰っても出迎えてくれる人がいないから、ちょっと寂しくてね」
 ――数日前のこと。クレールは仕事の都合で、僕の故郷の町まで行くことになってしまった。「里帰りしたい」とロミーナ姉さんもついて行ってしまい、僕はしばらく一人で留守番することになった。
 最初の三日間くらいは久々の自由を満喫できたものの、誰もいない家で何日も過ごしたら、段々と人恋しくなってきた。この店でロミーナ姉さんと再会する前は、一人で過ごしていても平気だったのに。
「なんならここに泊まっていく? 客室はちゃんと綺麗にしてあるよ」
 カウンターの向こうからローリーが身を乗り出してくる。子供のようにきらきらと瞳を輝かせて。
 少し迷ったけれど、僕は首を横に振った。
「仕事を残してあるから今日は家に帰らないと」
「そっか。残念だな。お泊りセット用意してあるのに」
 冗談とも本気ともつかないようなことを言って、ローリーは苦笑した。
 お泊りセット……。ここは酒場だから、酔って倒れた客を休ませるための備えがしてあるのかもしれない。
「ディノ。僕のこと、恨んでない?」
 唐突にローリーが尋ねてきた。
「どうして?」
 当然の疑問を返す。僕が彼を恨むような理由は全く思い当たらない。強いて挙げるなら、帝都に霧が出たとき突然行方をくらませたことくらいか。その件は、あれからもう十分に話し合ったはずだけれど。
「えっと……僕、ずっと昔ディノにひどいこと沢山言っちゃったから……」
 ――思ってもみない言葉が返ってきた。
「ひどいこと……? 全然言われた覚えがないけど」
「うん。でも確かに言ったんだ。ディノの口から『許します』って言葉が聞けたら、少しは心が軽くなると思って訊いてみたんだけど……」
 言いながら、ローリーは遠慮がちに何度か視線を送ってきた。
 どうも許してあげないことには納得してもらえないらしい。怒っても恨んでも憎んでもいないけれど、僕はローリーを許すことにした。
「わかった。じゃあ、許します」
「ホントに?」
「許すもなにも、僕はローリーを悪く思ったことなんて一度もないよ」
 ローリーは静かにまぶたを閉じて――。
「そうだね……。そうかもしれない……」
 ――つぶやいた。遠い昔を懐かしむかのように。会えない誰かを慈しむかのように――。
 彼が本当は誰の許しを得たかったのか、僕にはわからない。わからないけれど、もしその人がこの場に居合わせたなら、今の僕と同じことを言っただろうと思う。
「さあ。そろそろ閉店の時間だよ。ゆっくりしていってもいいけど、仕事がまだ残ってるなら、あんまり長居しない方がいいんじゃない?」
 いつもの明るい表情に戻って、ローリーが言った。壁の時計は午前2時を示していた。
「そうだね。また来るよ」
 グラスに一口分だけ残ったワインを飲み干し立ち上がった。ローリーがカウンターを回り、預けていた僕のコートを手にすぐ傍までやって来る。
「ねえディノ。僕は今まで、ごめんねばかりを言ってきたね。でも今日からは、ありがとうって沢山言うよ」
 ぐい、と肩を押され、強引に背中を向けさせられた。コートを広げる気配が後ろから伝わってくる。
「帝都が霧で覆われてたあのとき、ディノが『味方だよ』って言ってくれたこと――。僕、凄く嬉しかった。頑張ろうって思った。前へ進もうって思った」
 僕の肩にコートがかけられた。優しく、柔らかく、そして温かく――。
「ありがとうディノ。僕の大切な友達……」



 イモータル 完 


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テーマ : 自作小説(ファンタジー)
ジャンル : 小説・文学

~ロランベル・アルジェント~

 街角で偶然再会した彼は、以前よりやつれているように見えた。
 大学生のディノ。
 ディノ・ガレル。
 少し前まで友達だった人……。今ではもう、顔も合わせたくなかった相手……。
「ローリー」
 彼が僕の名を呼んだ。本名じゃなく愛称を使われたことに、僕は腹が立った。
「気安く呼ばないでよ」
 努めて冷たく言い放つ。たったそれだけで、ディノの表情は暗く沈んだ。
 それでも沈黙が我慢できなかったのか、ディノはもう一度顔を上げ話しかけてきた。
「調子はどうかな。エルメルやロンブローゾも気にして――」
「そんな話聞きたくない」
 険しい視線で威嚇する。ディノはわずかにひるんだみたいだった。
「キミはいつもそうだ……! 平気で人を見捨てておきながら、まだ善人の顔をしようとする!」
 足元の石畳をにらみつけて、怒りの声をぶつけた。ディノの顔を見ているとどうにかなりそうだった。
 通りを歩く人たちが振り向くのも構わず、大きな声で当たり散らす。ディノはやや気圧されたようだったけど、立ち去ろうとはしなかった。
「僕はただ……君のことが心配で――」
「そうやって! 哀れんで! 見下して! キミは何様なのさ……! もう僕のことはほっといてよ! キミの『人助けごっこ』になんか付き合いたくない!」
 力いっぱい声を張り上げたからか、熱くなっていた頭が少しずつ冷めていく。
 我に返って顔を上げたそのとき、視界に飛び込んできたのは、悲しげで寂しそうなディノの瞳――。
「……わかった。もう行くよ」
 抑揚のない声でディノが言った。続けて口を開きかけたけど――結局なにも言わずに横を通り過ぎていった。
「バチが当たったんだ」
 僕がつぶやいて、ディノは足を止めた。
 ――胸の奥が冷たくなっていくのを感じた。僕は今、取り返しのつかないことを言おうとしている。
 でも抑えられない。堰を切ったようにあふれ出てくる憤りの感情は、押し寄せる濁流となって理性を呑み込んでいく。
「聞いてるよ。家族が亡くなったんだって? キミも思い知っただろう? 表向きどんなにいい人ぶっていたって、神様はちゃんと見てるんだ」
 を吐くたび心が蝕まれていく。自らの悪意に、良心が悲鳴を上げている。
 ディノは……そのまま口を開かず歩いていった。傷つけて、追い返して、残ったのは後味の悪さだけ。本当にこれでよかったんだろうか……。


 ――遠くて暗い深淵の向こうに、忘れられない後悔の記憶がある。
 時のループを体験するより以前。僕が大学で自殺未遂を起こした後のこと。
 誰よりも心配してくれたディノを、僕は冷たくあしらい続けた。良くないことも沢山言った。
 それが当然だと思ってた。彼は僕を見放したから。彼は僕を助けてくれなかったから。
 ――でも、それは間違ってた。
 彼をひどい言葉で傷つけてから三年も経って、僕はようやくそのことに気づいた。
 帝都を最後の見放された者――『アルデバラン』が襲撃したあの日
 ディノは『アルデバラン』から僕を庇い、命を落とした。
 横たわるディノの亡骸を見下ろしたとき、僕は激しい良心の呵責苛まれた
 僕のために命を投げ出してくれたディノ。その彼を、僕は心無い言葉で何度も傷つけてきた。
 悔やんでも悔やみきれない。どんなに反省しても謝っても、あの日のディノと仲直りすることはもうできないんだ。


 時のループに巻き込まれて以降、僕は自分のしてきたことを反省し、いつでもディノの助けになれるよう、彼の身近で努力を重ねてきた。
 体感時間にして200年以上。僕はずっとディノの友達であり続けた。
 過去へ戻されて再会するディノは、僕が何度も傷つけてきた『彼』とは違う。そのせいか、どれだけディノに尽くしても、僕の心が晴れることはなかった。
 だけど、ディノと過ごす日々は、後悔を払拭するだけの喜びと楽しみをもたらしてくれた。
 ――彼は誰よりも優しかったから。――誰よりも誠実だったから。――僕を親友だと言ってくれたから。
 僕は……ディノと一緒の時間がたまらなく幸せだった。
 時の牢獄に囚われたまま悠久を生きるのも悪くないと思い始めていた。
「だけど、いつまでもそこに逃げていたら駄目なんだ。僕が逃げ続ける限り、ディノは前へ進めない」
 暗闇へ向け、今の想いを――ありったけの想いをぶつける。行く手に立ちふさがる見えない壁を打ち砕き、その先へ足を踏み入れるために。
 声よ。届け。暗闇を突き抜け、その先にある未来へと。
「もう戻れなくてもいい! 僕たちは未来に進む……!」
 力の限り叫んだ。願った。
 無限の闇に光が差し、急速に視界が開けていく。そして、僕は――――。
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 ……諦めよう。
 どの道ディノもクレールもみんな死んでしまったんだから、これ以上頑張ったって意味はない。
 今回は失敗してしまったんだ。失敗したなら、また最初からやり直せばいい。もう一度過去に戻って、ディノと一緒に過ごすのも悪くない。
 そう。変わらなくてもやっていける。僕には無限の時間があるのだから。
 ……でも、本当にそれでいいんだろうか。
 僕がこの手でつかみ取りたいもの――。それは過去なんかじゃなくて……。


A:1章からやり直す
B:やっぱり諦めない!


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~ロランベル・アルジェント~

 一目見て、手遅れだとわかった。力なく座り込んだディノの姿と、彼の口からもれる赤黒い血。誰が見ても致命傷だとわかるくらい凄惨な有様だった。
「ディノ! ――ディノ! しっかりしてディノ!」
 無駄だとわかっていながらも、彼の名を叫ばずにはいられなかった。叫びながら妙な既視感を覚えて、僕は声を止めた。
 ――知っている。この光景を見たことがある。
 僕は何度か立ち会っている。ディノの死をこの目で見届けている。
 瞬間、全ての謎が氷解した。
 どうして僕が未来の記憶を持っていたのか。どうしてディノを心の底から信頼しきっていたのか。どうしてディノに負い目を感じていたのか。
 答えは一つ。僕が何度も過去をやり直してきたからだ。
 僕が持っていた未来の記憶。あれは予知能力なんかじゃなかった。この身で体験してきた本当の出来事だったんだ。
 全ては異形成腫活化病がもたらした運命の悪戯。
 僕が見放された者になると、体内で時間の流れが異常化してしまい、記憶を維持したまま過去へと立ち戻る
 僕はそれを何回も、何十回も、何百回も繰り返してきた。死を招く歌声がずっと聞こえていたのも、その後遺症だろう。
 無限に積み重なってゆく思い出はやがて脳の限界を超え、僕の記憶は潰れたプディングのようになってしまった。混ざり溶け合い原型もわからない。無残な思い出の欠片だけが、僕の中にある。


 時のループを何度も経験しているうち、僕はあることに気づいた。
 一つ。僕が過去へ戻されて3年が経つと、あの『アルデバラン』が現れ破壊の限りを尽くすこと。
 そしてもう一つ。僕が過去へ戻されると、アムルパーレのどこかに実在しないはずの人物が現れること。
 この謎の人物は帝都の未来に深く関わっているようで、放置していると『アルデバラン』になってアムルパーレを滅ぼしてしまう。どこに現れるかわからず、時がループするたび名前を変え、誰も話題にしようとしないため、見つけ出すのはとても難しい。
 何十回とループを経験している僕も、まだ両手の指で数えられるくらいしかその存在を確認できていない。
 でも今回は、比較的早い段階でその名を知ることができた。
 ――大皇帝リュシアン。存在しないはずの皇帝。
 彼のいる場所が未来の分岐点だ。だから僕は、彼がいるという石造りの古城へ向かっていた。でも、僕が辿り着くより前にアイツが現れてしまった……。


 怪異が石畳を吹き砕き、その振動で天井が崩れた。無数の瓦礫が降り注ぎ、僕の体を容赦なく押し潰す。
 もうじき僕の命も尽きるだろう。だけど、ディノの後を追うことはできない。そのとき僕は過去へと戻されてしまうだろうから。
 過去に戻っても、今の記憶は残るだろうか。……またディノの名前を忘れてしまうんだろうか。
 せめて、ディノを大切に想うこの気持ちだけでも残したい。――そう願いながら、僕は暗闇に身をゆだねた。


 A:諦める
 B:諦めない!


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~ディノ・ガレル~

 驚きのあまり、しばらく声を出すことができなかった。常軌を逸した非常事態が前方で展開されていた。
 不意に起きた地鳴り。消し飛ばされた霧。そして現れた謎の巨大生物――。
「なんだ……あれは……」
 ずんぐりとした体型の黒い塊……。石造りの古城よりも一回り巨大なその生物が、短い足を前後に動かし二足歩行している。歩くたびにいくつもの家屋が踏み潰され、灰色の砂煙が舞い上がった。あの巨大な怪異は、見放された者なのだろうか……?
「わかりません……が、どうやらあれは私が立ち向かうべき存在のようです」
 僕の隣に立つ虹色の眼の少女は、鋭い目つきで巨大な怪異をにらみつけていた。十年来仇敵に出会ったような、敵意と興奮が入り混じった表情だった。
 虹色の眼の少女が怪異の元へと走り出す。僕もあわててその後を追った。あの怪異が見放された者なら、赤の魔剣で治せるかもしれない。
 旧道を抜け、大通りへと躍り出る。逃げ惑う人たちの間をすり抜けて、怪異のいる場所へと疾走する。
「あれについて、なにか心当たりが?」
 走りながら、僕は虹色の眼の少女に尋ねた。少女ははっきり答えず、短く鼻を鳴らした。
「これは私の推論ですが、あの怪異は世界が生んだ自浄作用なのではないでしょうか。この魔剣と見放された者――ありえない存在たちによって乱された帝都の律を、本来あるべき形に正そうというのでしょう」
「本来あるべき形……? まさか――」
「歪んだ存在の全消去。全削除。わかりやすく言えば、アムルパーレ住民の皆殺しです」
 それが本当なら、なんとしてもあの怪異を止めなければならない。しかし、どうしてもわからないことがある。
「なぜ君にそんなことが言える? その推論の根拠となっているものは、なんだ」
 僕がそう尋ねると、少女は怪異をにらみつけたまま応じた。
「私の源流……いえ、祖先と呼ぶべき存在が、歴史の中で度々アレに似たものと遭遇しています」
「戦ったのかい?」
「ええ。いずれの場合も、敗北し滅ぼされていますけどね」
 勝ち目が薄いことをわざわざ示唆した意図はわかる。「死にたくなければ力を貸せ」と言いたいのだろう。
 虹色の眼の少女が魔剣を他人に譲渡する行為について、僕はずっと疑問を抱いていた。今、その理由が少しだけわかった。
 少女はずっと、あの怪異との戦いを念頭に置いていたのだ。自分の力だけでは勝てないと思っていたからこそ、協力者を集めていた。その対象がどうして僕やクレールなのかはわからないが……。
 ――突然、閃光が走った。
 怪異の進行方向――赤いレンガで造られた家屋の屋根に、小さな人影が立っている。
 緑の魔剣を携えた小柄な女性が、その剣先から雷撃をほとばしらせ、迫り来る巨大な怪異を迎撃していた。
 そして、怪異に立ち向かう者がもう一人――。
 突如空中に巨大な青の剣が顕現し、怪異を背後から強襲した。
 巨大な剣を操るのは、逆立つ赤い髪の男……。怪異との体重差をものともせず、懸命に立ち向かっている。
 ――クレール。
 ――エルメル。
 二人が戦っている。石造りの都を守るために。
 これまで多くの見放された者をなぎ倒してきた緑と青の魔剣。しかしその力も、あの巨大な怪異には通じていないようだ。二人の猛攻を怪異はまるで気にする様子も見せず、家屋を破壊しながら突き進んでいく。
 真っ直ぐに前へ――クレールのいる方向へと。
「――クレール!」
 クレールが立っていた建物を、怪異が踏み潰した。あの距離とタイミングでは逃げるのも難しかっただろう。彼女は無事なのか……!?
 エルメルが高く跳び上がった。質量操作の能力を利用した、数百フィートもの大跳躍。太陽を背にしながら、空中で青の魔剣を巨大化させ、怪異めがけて振り下ろす。
 重くて鈍い衝突音が響き、怪異の頭頂部に青の魔剣が深くめり込んだ。
 しかし、それすらも意に介さず、怪異は前へと歩いていく。途中、羽虫を振り払うかのように、頭に刺さった青の魔剣をエルメルごと弾き飛ばした。
「エルメル!」
 二人の救出に向かおうとした瞬間、感じたこともない強烈な悪寒が全身を覆い、僕は立ちすくんだ。
 おぞましい殺気が、あの巨大な怪異から僕へと…………あるいは、僕の傍にいる虹色の眼の少女へと向けられていた。
 まるで金縛りにあったよう。靴底が石畳にべったり張りついて動かない。全身から嫌な油汗がにじみ出てくる。
 これは……恐怖……?
 理性、論理的思考の及ばない部分――。人間が捨てきれない、動物的本能の部分が訴えている。立ち向かうべからず――と。
 右手を伸ばし、赤の魔剣をつかみ取った。
 ――視界の端々に無数の数式が浮かび上がる。あの怪異を構成する情報、その全てが表示されている――。
 ……見放された者じゃ……ない。表示されたステータスからは何者なのか判別がつかない。死の数式を書き込んでも、怪異は止まらないだろう。それどころか、なにをしても通用しない恐れがある。
 怪異はめまぐるしく数式を変化させていた。多少数式を刈り取ったところで、恐らく有効打とはならないだろう。
 虹色の目の少女はあれを自浄作用と表現したが、その言葉の意味が少し理解できた。あの怪異は少女が危惧したとおり、魔剣に対抗すべく生まれてきた存在のようだ。
 赤の魔剣では、アイツを倒す手立てがない。数式を全て削除すれば消えるかもしれないが、時間がかかりすぎる。
 どうすればいい――?
 いったいどうすれば――。
「ディノさん!?」
 虹色の眼の少女が声を上げた。彼女がなぜ僕の名を呼んだのか、一瞬理解できなかった。
 僕は駆け出していた。絶対的脅威をたたえたあの怪異へ向かって。さっきまで足がすくんでいたのに――?
 急にやる気が湧いてきたのでも、催眠術にかけられたわけでもない。僕が突撃を敢行した理由。それは恐怖だ。
 死ぬかもしれないという緊張――不安に、人の心は容易く食い潰される。死の恐怖を押し殺してじっと待つことなど、常人には耐え難いことなのだ。
 解放を求めて走る。その先に死が待ち受けているとしても。
 勇気ではない。臆病さが生んだ暴走。危険だとわかっていても足を止められない。
 こうなってはもはや覚悟を決めるのみ。せめてもの一太刀に賭けるしかない。しかし――!
 巨大な怪異が太くて短い足を振った。路傍の石を蹴飛ばすように。
 ごう、と凄まじい風切り音が聞こえ、怪異の足先が僕の胸を直撃した。
「うぐぁっ!」
 信じられない速度で吹き飛ばされ、僕の体はレンガ造りの家に激突した。それでも勢いは止まらず、壁を突き抜けて家の奥まで転がった。
 屋内の突き当たりにぶつかる衝撃があって、ようやく体が止まった。壁に背を預け、座り込んだ姿勢で正面をにらみつける。
 どうにか赤の魔剣だけは放さなかったが、だからといって事態が好転するわけでもない。
 全身を打った痛みで、視界がぐにゃりと捻じ曲がった。頭からどろりとした赤いものが流れてきて、僕の右目に入り込んでくる。
 動こうと踏ん張ってみても、体は全く言うことを聞かない。どうやら僕は……ここまでのようだ。
「ディノ!」
 視界の外で、誰かが僕の名を呼んだ。声の主を見上げようとしてみるが、もはや顔を上げることすらままならない。
 ――とても…………眠い……。まどろみの中に意識が溶け込んでいく……。
 目を閉じた。まぶたの向こうで、誰かが必死に僕の名を呼んでいた。その声が、徐々に遠くなっていく。命の火種が消えていく――。
 これまで逢った全ての人を思い返しながら、僕は二度と這い上がれない闇の底へと沈んでいった。
 
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